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日本軍と教師の共通点 ふり返り366日【08/7/27-2】/第100問

 学力不足を「興味がない」ことを根拠に、「興味がわけば学力は上がる」と信じ込んでいる保護者がいる一方、子どもが「興味がないことはやらない」という合理的な行動をとっていることを褒め称え、学力は低くても、そういう合理的な行動をとっていることへの優越性を「柱」にしている保護者もいます。

 教師としては、その「」だけで何とかもっている子どもからはしごを外すのをはばかって、自滅を待つだけ、という指導姿勢を容認できるかどうか・・・。

 「興味」というのは、教育者にとっては非常にやっかいなものの一つです。

 そもそも、学習に「興味」を持たせること自体に絶望している教師も多いわけで・・・。

 石原都知事などはかなり割り切った発言をしてきていますが、国がそれにならうことは不可能です。

 あくまでも「関心・意欲・態度」など、4観点による評価にこだわる状況は・・・・「アメリカには勝てない」と言い切れなかった海軍、「絶対に勝つ」という気合いしかなかった陸軍の末期と同じような印象をもってしまいますが・・・・。

08/7/27 学習意欲低下に拍車をかけている?言葉  「人間の価値は学校のテストなんかの点数ではかることはできない」  という言葉に対して、否定的な印象を受ける人は少数派でしょう。  しかし、もしこのような言葉が、学力の低下に拍車をかけているとしたら、どう思われるでしょうか。  教育社会学者は、「自らの学力の不足に対して、無意味な努力をしないという合理的な判断をしている自分への満足感の根拠としている子どもたち」の増加を統計データで示しています。  人間の価値は学校のテストなんかの点数ではかることはできない・・・だから、テストの点数を上げる必要はない・・・このような思考回路が、おそらくは「努力してもできるようにならない」「努力したくない」と思っている子どもたちの心を安定化させる装置になっており、それはいずれ「うまく働くことができない若者たち」へと「成長」していく背景にもなっているのではないでしょうか。

 昔から、「先生は、勉強ができない子どもの気持ちがわかるんですか?」という言葉がよく使われています。
 この発想は、現代的に言えば、「格差社会の本質と構造についての洞察は、格差社会の最底辺にいる人間がもっとも深い」というロジックと同じ(内田樹著『こんな日本でよかったね~構造主義的日本論~』バジリコ株式会社)です。

 「お前は格差社会の実情を知らないが、私は知っている」という「知的優越」のポジションを検証抜きで前提にしている。

 学力の課題や格差社会への批判的な態度は、下位にとどまっていることで担保されるため、学力向上、階層の上昇のチャンスを自ら手放してしまっていることになります。
 もし教師が、「勉強ができない子どもの気持ち(私には、「勉強ができるようになりたい!」という強い叫びに聞こえてしまいますが)」を読み誤り、できる方へと勇気づける指導ができずに、「他のことでがんばればよい」というだけの態度をとれば、学習意欲の低下に拍車がかかってしまう、こんな仮説を立ててみましたが、いかがでしょうか。

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昭和の家庭史トリビア?【第100問】 
 昭和20年(1945年)の話です。
 10月29日に第1回宝くじが発売されました。1等(当選は100本)の賞金はいくらだったでしょうか。
 ① 1万円
 ② 10万円
 ③ 100万円

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 【第99問の解答
 ②の5キログラムでした。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より