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藤田晋の成長学・教師編14 「経験」の落とし穴/昭和16年の流行語

 セオリー№14 入社段階で既に差がついている

 教師の場合,新規採用の段階で,すでに「講師経験」がある人は何%くらいいるのでしょう。

 講師で「教師のつもり」でいた人たちが採用後悩むのは,その仕事量の多さと,「(厳しい目で自分を見てこなかった場合,)経験はそれほど役に立たない」ということでしょう。

 まさか,教材研究をするのが夜中の2時3時になってしまうなんて,考えてもいないことだったはずです。

 講師経験のある人が陥る可能性のある最大の落とし穴は,こういうとき,「講師のときのストックで何とかやっておけばいいや」と思ってしまうことです。

 そういう人などよりは,大学を卒業したばかりの教師の方が,はるかに「伸びる」可能性をもっていると考えられます。

 それは,授業の技量の向上と組織の一員としての仕事力の向上がセットで進行していくからです。

 授業の技量がある程度そなわっているという幻想で,組織の一員として動き始めると,すぐに歯車がかみ合わなくなってくるので,何が原因かがよく分かります。

 藤田社長は,以下のような「入社段階の社員観」をもっており,そういう目からすると,「講師経験者は有利だろう」と思われるかもしれません。

 

大抵の人は,新入社員として会社に入り,そこで初めてビジネスを経験します。私はここで,いつも不思議に思うことがあります。それは,多くの人が「スタートラインはみんな一緒」だと思っていることです。入社時,同期の間に力の差なんてないと思っていませんか。
 実はそれが,キャリアを積むうえでの間違いの第一歩なのです。

 教師にとって最重要の姿勢は,子どもと一緒です。
 それは「学ぶ姿勢」であり,それが子どもをひきつける大きな力になるのです。

 スタート段階のその姿勢の美しさと,意欲の高さが,それほど遠くない未来の差を生み出すもとになります。

*******************

昭和16年(1941年)のブーム・流行・流行語
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○国民学校の正課として取り入れられた模型飛行機作りが全国的ブームに。
○キャベツが急速に普及。1個で大勢が食べられるため。
○「月月火水木金金」
○「進め!一億火の玉だ」
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より