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藤田晋の成長学・教師編16 若さが武器になる学校

 セオリー№16 ビジネスの場では若さを隠せ

 教育界では,「若さ」は武器になるのかどうか。

 よく,「若さ」は情熱体力スピード柔軟性という長所と結びつくと思われています。

 ところが,学校の場合,まずこの常識が期待はずれになることがある。

 最も早くそれを見抜き,喜んだりがっかりするのは子どもたちです。

 「若い教師が部活をもたない」「女性が多くてお願いもしにくい」「頭が固い

 中学校の話ですが,多くの地域で耳にした言葉です。

 「若い人では心配」「ベテランの方がいい

 これは,企業社会で生きてきた人と同じとらえ方でしょう。

 「若さを隠せ」というセオリーの「若さ」とは,「経験の浅さ」=「判断力などの未熟さ」という欠点のことでしょう。

 では,学校では,部活をもって子どもと一緒に汗を流し,情熱を注いでいると見えるように,「若々しさ」をアピールし,それで「経験の浅さ」に基づく信頼の低さをカバーすればよいのでしょうか?

 学校が若い教師の「若さ」に頼り出したときは,もう多くの教師がその「賞味期限」を終えようとしているところだと思ってもよいでしょう。

 どんなにベテランの教師でも,その魅力の大きな部分は「若さ」です。

 若いときは,自分のスケジュールを仕事でいっぱいにする・・・そういうセオリーと連動させていくしか,「信頼」を勝ち取る方法はないでしょう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より