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藤田晋の成長学・教師編19 刺激し合える教師集団

 セオリー№19 できる人より志の高い人とつき合おう

 若い教師たちは、どのような先輩教師に、先輩教師のどんなところに魅力を感じるのでしょうか。

 生徒の話を親身になって聞いてあげている、カウンセリングマインドにあふれた教師を見て、「私もああいう信頼しきっている子どもの目で見られたい」と思うのか。

 授業が上手で、生徒も非常に乗っている、そういう教師か。

 部活動の指導とか組合活動に熱心で、「志に燃えている人」か。

 管理職をめざしていて、「こういう学校を創りたい」という理想を掲げている人か。

 苦情も言わず、浮かれた口も聞かず、黙々と毎日の仕事を確実にこなしている教師か。

 教師にも、非常に様々なタイプの人がいますね。

 子どもの感じる教師の魅力と、教師が感じる教師の魅力は異なっていて当然ですが、「子どもの目」で教師を見ようとする姿勢は大切でしょう。

 次に、どのような教師に「仕事を教わる」のか。

 学校現場の場合、仕事は教えてくれること、与えてくれることを待つのではなく、自分から仕事を探す姿勢が非常に大切です。

 優秀な教師ほど、子どもにも同じような態度を要求しますから、どんどん教えてくるようなタイプの教師から学べるものは案外少ないのかもしれません。

 自己成長は、やはり受け身では果たせないことです。

 では、「つき合う」のはできるタイプの教師とがいいのか。

 藤田社長は、つき合うのなら「刺激し合える人」というセオリーを紹介しています。

 確かに、自己成長に燃える教師集団なんて本当に理想的ですね。

 職員室で世間話に興じるか、教育論を戦わせるか。

 これが、ただの正論を聞いて、はい、そうですね。おっしゃる通りです。・・・そんなことをしていても、おそらく自己成長は果たせないでしょう。

 正論らしき主張をして、かつ議論に立ち向かおうとしない教育ブログを読んで、何かためになりましたか?

 物理的な面だろうと精神的な面だろうと、自分が相手に与えられる対価は何なのか。相手より、むしろ自分が、はっきりとそれをつかんでおくことが、人脈作りでは大切でしょう。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より