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« 学校での三角関係 ふり返り366日【08/6/30】/第78問 | トップページ | 藤田晋の成長学・教師編11 理想的な異動とは? »

藤田晋の成長学・教師編10 異動後の振る舞い

 セオリー№10 望まない異動で腐らないために
 
 優秀な教師を一校に固めることができないのが公立学校の仕組みです。逆のことも同じです。

  希望通りの異動というのは,なかなかありません。

 都立高校は進学重点校勤務希望の教師を公募したりして,「選ばれた教師の学校」をつくることができますが,小中学校では難しい。

 ただ,行政が「特色」を生み出そうとすると,「選ばれた教師の小中学校」ができなくもないのです。

 さて,教師にとっての異動は,環境を変え,古い体質から脱皮するなど,「生まれ変わる」一つのきっかけになるものです。そして,多くの場合は,同じ公立学校でもこんなに違うものなのか,ということを実感することになります。
 
 異動で悩む教師は,慣れた環境で続けたい,しかし,学年の途中で子どもと分かれなければならないなど,一つはそのタイミングの問題というのがあります。

 学校にとって必要な場合は,基本的に本人の希望が通りやすくなっていると思いますが,その判断はシビアなところです。

 私の場合は,2度の異動が1年担任と1年学年主任券担任のときでした。

 町で会った時,相手は気付くのですがこちらが名前を思い出すまでちょっと時間がかかるのが,この「1年間のお付き合い」があった子どもたちです。相手には悪いのですが,中学生は2・3年生でぐっと成長するので,3年間一緒にいて卒業した生徒よりは,印象が薄くなってしまうのです。

 そして,この子どもたちには悪いのですが,この異動の後,自分でも信じられないくらいの環境の変化,自分自身の成長を体験しました。

 2度の異動がなかったなら,今の自分はないでしょう。

 ・・・・などというような,「異動の意義や目的」を上司からきちんと説明を受けなさい,というのが藤田社長のすすめです。

 そして,異動後はとにかく仕事に打ち込むこと。そして仕事で結果を出すこと

 周囲に認めてもらうこと

 職場の教師たちは,「転任教師」には少なくとも「子どもを大事にしてほしい」という願いを向けると思います。

 異動後,「前の学校の生徒たちは・・・」などとすぐに異動先の生徒と比較して,ほめたりけなしたりする教師がいますが,兄弟で比べるコメントをしてはいけないという鉄則と同じような理由で,セオリーとしてはタブーの行動です。

 なかには,異動してきたのに「この学校は・・・」「この学校の生徒は・・・」などと他人のような口のきき方をする教師もいます。

 異動後,食事に誘われたりする機会もあるでしょうが,これを「わざわざそんな歓迎をしていただく必要は・・・」と拒否する教師もいるようですが,誘っている側は,「どんな人間なのか」を知りたくて誘うという面もあるわけであり,これで断っていたら,そういう人間だと思われて先に進めなくなります。

 よく,会議よりも飲み会の話の方がよほど教育的な役に立つ,という言い方がされますが,歓迎会の参加は絶対に必要なことでしょう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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    「歴史の活力」より
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    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 橘という木があります。この木が淮水の南に生ずれば、すなわち橘となります。ところが淮水の北に生ずれば、すなわち枳となります。葉は似ておりますが、実のあじわいはことなります。なにゆえにそうなるかと申しますと、水と土がちがうからです。そのように、その者は斉で生まれ育ったときは盗みをしなかったのに、楚にはいって盗みをしたのです。楚の水と土は、民に盗みをうまくさせようとするところがありませんか
    「晏子」(第四巻)より
  • 倹より奢に入るは易く、奢より倹に入るは難し
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  • 礼儀という熟語がある。礼とは万物を成り立たせている根元に人がどうかかわるかという哲理のことで、儀とは礼をどう表現するかというレトリックをいう。その二つが組み合わさって礼儀ということばが生まれた。
    「春秋の色」より
  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より