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藤田晋の成長学・教師編18 目標設定の方法

 セオリー№18 目標は1つに絞り込もう

 学校には本当に数えきれないほどの「目標」がありますね。

 学校教育目標、学年目標、学級目標、班目標、生活指導目標、今月の目標、今週の目標、教科の指導目標、授業での「本時の目標」、・・・・

 ちょっと前からのはやりは、「数値目標」。

 これは具体的な結果をもとに評価しやすくするための工夫です。

 もちろん数値目標になじむものと、そうではないものがある。

 「会議の時間を20%短縮しよう」・・・これはあり。終わりの時間を意識して、スムーズに会が進行する可能性があります。

 一方、「いじめをゼロにする」・・・「いじめ」ほど本当の実態の把握が難しいものはありません。

 藤田社長のセオリーは企業社会に合ったものですが、参考になる部分があるかもしれません。

 どんな目標でもそれに向かって集中し、全力投球できるかどうかが結果を大きく左右するのは言うまでもありません。逆から考えれば、達成に向けて集中できるような目標設定の仕方を工夫することが大事だとも言えます。

 目標を一つに絞り込む・・・というのは「集中して仕事をこなす」上ではなかなかよい戦略かもしれません。

 私は「優先順位」を「重要性」「緊急性」「適時性」を考慮して目標を意識しながら行動していますが、どうしても一つの目標から小さな達成目標が階層化して組織されるような状況が続いています。

 目標を一つに絞って仕事をするときの注意は、それによってより「大切なこと」がおろそかにならないか、ということです。

 これも一時期、「評価活動」に非常に熱心な教師が増えたときがありました。そこでの最大の問題は、おろそかにされる「指導」でした。

 ずっとテストの採点ばかりして、ほとんどが自習のようになってしまう担任では生徒はきついでしょう。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より