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藤田晋の成長学・教師編20 ともに成長できる教師集団

 セオリー№20 ロールモデルは「前例」に過ぎない

 私の場合は、たまにしかお会いできない先生からも、多くのことを学べたので、メンターロールモデルの有効性を重視している人間なのですが、藤田社長の言っていることもなるほどと思えてきます。

 人は何といっても身近な存在から最も影響を受けるものです。いくら自分にとってタメになるようないいことを言ってくれる人でも、物理的に遠いところにいる人や自分の仕事からかけ離れた人からは、本当に強い影響、あるいは良い効果というものは、得にくいのではないでしょうか。

 そういう意味では、初任者や2,3年目の教師に、1年だけの先輩教師をメンター兼トレーナーに認定して指導していくシステムをとっている自治体は、なかなか賢いと思います。

 私の経験でも、初任者の指導教諭はベテランよりも若い教師である方が、指導力向上の「相乗効果」も表れて、学校の教育力の向上にも、もってこいの仕組みだと考えています。

 ただ問題は、力量の逆転が容易に起こり得るということであって、上下関係ではなく「学び合い」の関係を重視した方がよい結果になる場合もあります。

 企業社会なので、「ロールモデルがいないということは、それだけチャンスがあるということ」という話が成立しますが、学校教育ではどうしても守・破・離の段階的ステップが大事なような気がします。

 暴力で解決してしまうドラマの教師のようなロールモデルはもちろん必要ありません(というか、害悪です)。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より