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受験とインフルエンザ ふり返り366日【08/7/06】/昭和17年のブーム

 子どもの立場ではなく,自分の立場しか考えていないような言動が,「気を抜く」とすぐに露出してくるのが教育界です。

 できるとかできないとか,結果は一切考えなかった。何が何でもやるとか,そういう気負いも悲壮感もなかった。ただ,やる。ダムを作る。考えたのはそれだけです。まあ無我ですね。あとは真っ白です。突撃です。

 戦前・戦時の教育の成果は,「戦争」という極限状況の中では最悪の結果としてあらわれたわけですが,「ダムづくり」の場合は,そういう教育の成果なしでは実現不可能だったのではないかと思ってしまうような言葉です。(今井彰著『プロジェクトX リーダーたちの言葉』文藝春秋・黒四ダム総監督・中村精の言葉より)

 受験生とその保護者にとって,「もし受験当日にインフルエンザにかかってしまったらどうしよう」という心配事があると思いますが,「出席停止扱いの生徒は受験できない」という態度をとられてしまったら,「はい,そうですね」と簡単にあきらめることができるでしょうか。

 39度の熱が出ていて,体調がひどいときには「あきらめる」こともできるでしょうが,「インフルエンザに感染した可能性がある」「熱が下がって1日目」などで出席停止扱いを受けたときに,受験をあきらめることができるかどうか。

 私学の場合には,個別の学校で別室受験という措置がとられるのが普通でしょうが,公立高校ということになると,どこか1校でも「そんな措置はとれない」ということになると,他の100校が可能だと言っても,「不公平だから受験させない」という結論に達する可能性があります。

 「他の受験生のことを考えれば,受験させない措置をとるのが当然だ」という考えもあるでしょうが,では,「もしインフルエンザに感染していることを隠して受験する人がいたらどうするのか,そもそも,疑いがあっても病院に行かない受験生の場合はどうするのか」と聞かれれば,何も答えられなくなります。

 大学入試センター等でも,新型インフルエンザ対策を検討中でしょうが,結果としては,「別室受験措置がどこまで可能か」が焦点となるでしょう。そのときにおこる「学校格差」をどう処理するか。

 こういうとき,公立学校の校長は何の役にも立たない存在であることが露呈します。

08/7/06 新・教員団塊の世代誕生へ向けて  朝令暮改の発想・その5は、「『先手を打つ』より変化に対応して『朝令暮改』ができる方が大切」という考え方です。  本のタイトルに使われている「朝令暮改」の意味は言うまでもないことだとは思いますが、要するに、たとえ朝決めたことであっても、間違いだと気づいたなら、直ちに変更することには、臆することなく徹すべきだということです。  しかし、世の中には、以前の趣旨と違うことを発言すると、「前と意見が違う」ことを理由に朝令暮改を責める人々がいます。著書にあるように、変化の時代だからこそ、むしろ朝令暮改が必要になる(あるいは避けられない)わけです。
世の中がこれほど変化している以上、前に正しかったことがいまも正しいとはかぎりません。雨が降ってきたら傘をさすのが当然です。晴天から雨に変わって傘をさしたからといって、『晴れていたときと違うではないか』と責める人はいないでしょう。
 学校組織にも「朝令暮改」ができる部分が必要だと考える私は、仮説と検証を柔軟に重ねていける学校のあり方こそが、今の教育に求められていると主張しています。  もちろん、企業の商品開発のような超短期のサイクルの話をしているわけではありません。  文部科学省は「朝令暮改」と位置づけている訳ではないのですが、ほぼ10年1サイクルで新しくなる学習指導要領ができあがるまでには、かなりの人数の現場の教師も携わって、さまざまな社会の変化に対応できる内容を検討しているのです。パブリックコメントの募集や集約・公開も進められています。  学習指導要領の改訂が「混乱」の原因だと主張されている方がいらっしゃいますが、私の目から見て、改訂が原因の「忙しさ」をはるかにうわまわる別の「混乱」原因が学校には山積しています。

 もし教師が学習指導要領を読んでいないとしたら、「混乱」の原因はどこにあると言えるのでしょう。
 その山積している問題への対処のあり方について、学習指導要領は、法令に準じるものとしてはかなり限界に近いところまで具体的に表現するようになっています。
 ですから改訂はむしろ停滞している学校改善のカンフル剤としても使えますし、子どもや保護者への「本当に教育したいことは何か」という学校からのメッセージを伝えるのにいい機会にもなっているのです。
 子どもの立場からは「ころころ変わってこまる」という発想は見えてきません。(ただ、移行期間は学校の対応力・教師の指導力による混乱が見られる場合があります。)
 基本的に、改訂の趣旨が十分理解できるものであるなら、改訂するのは当然のことですし、「何があっても改訂しないですむものがほしい」「そもそもなくすべき」という無理な相談は、教師の立場の発想であって、今後ますます変化の激しい社会を生きる「子どもの立場」からの発想ではないでしょう。
 とにかく現実問題として、現行の学習指導要領では、その趣旨(昔からの内容も含めて)をよく理解できずに目標を実現できない学校が多かったことが、改訂の趣旨を考える上では欠かせない前提となっています。
 これまでの繰り返しになりますが、私の大きな関心は、教える側の大きな変化として、「大量採用の団塊の世代」が抜けるのと同じタイミングで採用される「新・教員団塊の世代」が生まれたときの学校がどうなるのか、ということです。
 倍率が下がるだけで、どれだけ資質に課題のある教師が増えていくのか。
 現行の学習指導要領に基づく教育を受けた新規採用の教師たちが、どれだけ「生きる力」を身に付けているか。

 免許更新制は現在の教師の問題だけでなく、将来の資質問題への備えとして想定されますが、行政の側には、「自分たちは教師の資質の向上を保障する場を設けることは設けた」という言い訳ができることになり、「だから教師の資質低下は本人たちの問題だ」ですまされてしまうおそれがあるのです。
 「生きる力」が身に付いている教師なら、そのハードルは容易に乗り越えることができるのでしょうが・・・。
 なお、ある先生は、「総合的な学習の時間の運営については、他校から転任してきた教師より、初任者の方がよっぽど役に立つ」とこぼしていました。
 転任してきた教師の場合、前任校より「手のかかる」総合を実施していると、「めんどうだな」と思われてしまう傾向があるそうです。

*******************

昭和17年(1942年)のブーム・流行・流行語
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
○高等学校の理系志望者が激増。
○戦勝祈願のため,三重・伊勢神宮の参拝客が激増。
○東京で唯一の地球儀製作所が大繁盛。特に,占領地に「日の丸」の紅を書き込んだ豆地球儀に人気が集中。
○翌18年の暦に,迷信・まじないを刷ったものが大流行。内務省はそのうちの400種を発禁。
○「負けられません勝つまでは」「頑張れ!敵も必死だ」など,「国民決意の標語」10点が決まる。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

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コメント

いろいろ教えていただいてありがとうございました。
残る課題は,病状を隠して受験する生徒をどうするか,ということですね。
開始前に体温検査をするにしても,ただの風邪との区別はつかないでしょうし・・・。
「現場での自由な対応」を認めない教育委員会の立場も考えものなのですが。

 「お弁当」の件は、おかあちゃん・ネットワークの情報です(^_^)v

 受験当日の交通機関のリスクはいろいろありますが、中央線に関してはしばしばトラブルがおこるので、沿線住民としては受験前は真剣に考えてました。結局、我が家は都立受験はしなかったので関係なかったのですが、一時期考えていた都立高校がちょっと遠かったこともあって、前日宿泊を検討することもしてました。ちょっと過保護ですが、試験は1回ですから。そうしたら案の定というかぴったり当日に事故があったものですから、試験がおわってからいろいろ情報交換したんですよ。

 さて、受験当日の新型インフルエンザ対応については、何がどう問題なのか、教育長だけでなく保健福祉局の感染症対策担当あたりも含めて検討していただきたいと思いました。
 感染症対策担当部署では、「新型」の流行の度合いにあわせた対策方針を出しているはずで、多数の学校が休校や学級閉鎖を実施している状態の場合は、すでに特別な隔離体制は解除され、罹患した人は軽症の場合は自宅療養になっているはずです。だとしたら、その休校や学級閉鎖の学校への対策をまず考えなくてはならないと思います。
 私は、リスク分散のために、まずは二次募集の枠を各学校が作ることが必要なんじゃないかと思ったりします。
 感染症対策のための休校や学級閉鎖の処置は、社会全体への感染のリスクを下げるためのものですから、事前に対応可能な部分についてはリスクマネジメントとして、予算措置を含めて対処したほうがいいのではないかと。その上で、別室受験の対策・・・試験監督や事後の消毒などの予算を含めて・・・もあってもいいかもしれません。

kurazohさんが書いておられる病院での受験、はあまり現実的ではないです。まず、受験可能な場所が病院内にはほとんどないということと、重症化した人以外は入院していないということ、病院にはハイリスクの人がたくさんいますから、ことさらにインフルエンザ用の試験会場として在宅療養中の生徒が試験を受けに来る(治療のためにではなく)のが適切な場所とはいえません。また、病院を会場にすることで、違う感染症を背負って帰ってきてもつまらないですし。 

早速のコメントありがとうございました。
「お弁当」の件はよくご存知でしたね。
新聞報道がありましたでしょうか?

このような「対応の違い」が,「受験させる」「受験させない」という形ではとれないのが悩ましいところでしょうが,自校作成校でなければ,共通問題であるということから,都立高校の場合は都立病院とか,そういう施設で対応することも不可能ではないはずです。
議員からの一言があればすぐ実現できそうな話ですが・・・。

おひさしぶりです。よたよたあひるです。

受験時のインフルエンザ対策って当事者にとっては(生徒も保護者も先生方も)重要な問題ですよね。
今年は我が家は当事者ではないので、ちょっと距離をおいていろいろ考えてみました。

 今回の豚インフルエンザ由来の新型インフルエンザは、なにより多くの人がまだ免疫をもっていないために大流行の可能性が高いといわれています。また、懸念されていた鳥インフルエンザ由来の強毒性新型インフルエンザと比較するとはるかに弱毒性ではありますが、これまでの外国の事例から通常の季節性インフルエンザよりはやや毒性が強い・・・基礎疾患がなくとも、重症化し死に至る率もたしかちょっとだけ高いんですよね。しかも、ワクチンは国内生産だけでは不足するわけですし、外国製のワクチンを輸入するにしても、なによりも新しいワクチンですから、それを使った方が絶対安全だという根拠もまだ十分ではありません。ワクチン接種したためにかえって発症(ただし症状は軽度)なんて場合もあるでしょうし。
 だから、流行の程度・・・どの程度蔓延化してくるかという状況に応じて、対策は変わっていかなくてはならないでしょう。休校や学級閉鎖が多発する可能性がかなり高いので、都道府県単位の教育委員会である程度の指針を出してもらった方がいいような気がします。今のうちからならなんとかできるのじゃないかしら。
 これは、管理職サイドからも組合サイドからも保護者(PTAなど)サイドからも要求していった方がいいのじゃないかと思います。

 あと、ちょっと違う話ですが・・・ 
 この春の都立高校の入試日の朝に、中央線が止まるというアクシデントがあり、試験開始時間を遅くするという措置がありました。
 通常の5教科受験の子どもたちは当然お弁当持参なわけですが、実技試験がある一部の高校などは、3教科の試験で午前中で試験が終了するので、お弁当を持たない子もかなりいたんですよね。で、学校がまとめてお弁当の注文をとって、お金を持っていない子には後払いにしたところと、無料で提供したところとあったようです。最終的には緊急事態には現場対応しかないのでしょう・・・
 

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第四巻より
  • 人というものは、自分のやっていることをたれもみていないと思い込んでいるが、じつはたれかがみており、やがて賛同してくれる人があらわれる。
    「春秋の名君」より
  • 寵を受けても驕らず、驕っても高い位を望まず、低い地位にいながら怨まず、怨んでもおのれを抑えることのできる人は少ない
    「沈黙の王」より
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    「歴史の活力」より
  • 黄河の流れは悠久とやむことはない。河床もあがりつづけるのである。いくら堤防の高さをましてもらちのないことであった。
    「侠骨記」より
  • 人はおのれのままで在りたい。それは願望とはいえぬほどそこはかとないものでありながら、じつは最大の欲望である。人の世は、自分が自分であることをゆるさない。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
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    「奇貨居くべし 春風篇」より
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    「晏子」(第四巻)より
  • 倹より奢に入るは易く、奢より倹に入るは難し
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  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より