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無駄を有益とする有害な人 ふり返り366日【08/6/29-4】/第77問

 学校には,職員会議という,かなりの無駄な時間が費やされる拘束場所があります。

 職員会議で分かることというのは,結局,準備がよくできていないとか,根回しが不十分であるとか,理解していないとか,そういう「失敗」に気付くこと,そういうことばかりです。

 「失敗」状況に気付かずに,ただよくも分かっていない目標に向かってまい進するのはいつかのどこかの国と同じ態度であって,それはそれで避けなければならないとすると,結局,会議は必要である,ということになってしまう。

 無駄な時間をつくっている原因がどこにあるかについて共通理解をつくって,それを解決する手段を講ずれば,会議の時間は短くなるのです。

 でも,「無駄」は「無駄」なりに「有益」だという「有害」な人もいるので,この「無駄」は簡単にはなくせません。

 堂々巡りをたつ方法はただ一つ。教師の成長です。

08/6/29 豊富なメニュー【「朝令暮改の発想」その2】

 教師の逆コンピテンシーにも共通する「朝令暮改の発想」のメニューは非常に豊富で、どのように料理すべきか迷うほどです。
 「時間の無駄の典型は成果に結びつかない会議と資料づくり」
 「人間は『○○』のせいにして自分が納得しやすい話をつくりたがる」
 「『○○のせい』にして責任逃れをしたときからすべては終わる」
 「『できない』という間に『できない理由』になっているか考える」
 「『なあなあ』『まあまあ』に流れたときから停滞が始まる」
 「口先だけの『評論家』をやめ、仕事のできる『実務家』になろう」
 「『真の競争相手』は同業他社ではなく『絶えず変化する顧客ニーズ』である」
 「『顧客のために』ではなく『顧客の立場』で考える」
 「『素人の強さ』をあなどってはならない」
 「『本当にそうだろうか』と常に問い直し、ものごとの本質をつかむ」
 「目的と手段をはき違えてはならない」
 「『基本の徹底』ができないと『変化対応』もできない」
 「部下は『常に自己正当化する存在』だから追い詰めることも必要」
 「上司はいざというときは部下にかわって『答え』を出さなければならない」
 「『悪い情報は知りたくない』と思う人間には真実はつかめない」
 「人は『変えること』に抵抗をする」
 「『自分を守ろうとする心理』に妥協しない」
 厳しく教育現場を見つめ直してみたいと思います。

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昭和の家庭史トリビア?【第77問】 
 昭和15年(1940年)の話です。
 巨人の川上哲治1塁手のニックネームになった言葉とは?
 ① 打撃の神様
 ② 弾丸ライナー
 ③ 若き大砲

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 【第76問の解答
 ③の火葬場の残灰でした。金歯や指輪を取り出して,3200円の収入になったそうです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より