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なぜ学習指導要領準拠の入試問題ができないか ふり返り366日【08/6/29-2】/第75問

 入試にも大きな影響がある教科の評価が「目標準拠評価」(いわゆる絶対評価)になった以上,学習指導要領の目標や内容を理解しない限り,適正な評価はできないことになっています。

 しかし,入試における学力検査しか頭にない人たちは,「どういう問題が出るか」「どういう範囲で出るか」という視点ばかりを重視するので,「過去問」をもとに同じような指導を繰り返すことになります。

 入試をつくる側にとっての悩みは,「短時間で,だれが採点しても同じ採点結果がでるような問題が望まれている」ことです。

 全国学力調査の活用問題のようなものばかり出題されると,採点に時間がかかる,そのために,結局は「学力のごく一面を問う」問題になってしまう。

 授業も一面,入試問題も一面では,「目標」の意味がない。

 しかし入学選抜ではそれが実情でしょう。

 「問題が解けるようになればそれでいいだろう」という極論もあるでしょうが,こういう人たちに限って,「学力検査の結果で評価するのはおかしい」などという主張をするのであり,本当にチグハグなことになっています。

 教育政策の動向は,政治の変動とも無関係ではありません。

 教育への関心自体が高まっていくであろうことは,ある意味ではとてもよいことです。

08/6/29 学習指導要領改訂による混乱とは?

 新しい学習指導要領が、かなりの期間及び相当の回数の検討を経てできあがることは、中教審の答申や教育課程部会の審議内容を読まない教師はよく知らないと思います。
 学習指導要領の各教科編には、「改訂の経緯」や「改訂の趣旨」「改善具体的事項」「改訂の要点」等が冒頭に示されています。
そこを読めば、今回の改訂がなぜ行われたのかを知ることができます。
 一部に、学習指導要領の改訂が教育の混乱を招いてきたと考えている人がいますが、改訂されてもあまりその趣旨を理解せずに昔ながらの授業を実践している教師が多いのは、学習指導要領があくまでも基準を示したものだからです。

 一方で、たしかに「混乱」する部分があると言えるのは、たとえば教科書会社が、新しい学習指導要領の趣旨に沿うように新しい教科書を作らなければならないのですが、具体的にこう教えろとは学習指導要領は書いていないものですから、「どうやってつくったらいいか」と悩むわけです。編集者、執筆者の中には「混乱」している人がいるかもしれません。

 また、授業時数がかわるので、新しい時間割づくりなど、現場が苦労することはあります。
 教育政策へのスタンスは、非常に長いスパンが必要である部分と、「豊かな人間性をはぐくむべき時期の教育に様々な課題が生じている」以上、それらの「課題に適切に対応していくことが、これからの教育に求められている」こと、また、国際化、情報化、科学技術の発展、環境問題、高齢化・少子化等の様々な面における大きな変化は、10年先のことも十分に見通せないため、今後の変化を踏まえた新しい時代の教育をしっかり検討し、それを学校教育でも反映していくような短いスパンで実践すべき部分があるのは当然のことです。
 学習指導要領そのものも問い直すべきではないかという意見もありますが、たとえば今回の改訂では、いわゆる「はどめ規定」が見直されるなど、さらに学校の裁量が増え、自由な教育ができるように改善されています。
 (ただ、はどめ規定が示された現行の学習指導要領の趣旨をふまえると、内容を厳選して「これだけは身に付けさせて」ということが結局は実現できなかったため、今後は指導者や学習集団の力量による格差が拡大することは避けられないことが予想されます)
 学習指導要領の具体的な内容については、私も批判したいことはたくさんあります。ただ、もし公務員が法令に準じる学習指導要領を自主的に、そして批判的に読む習慣を失っているとすれば、公教育への信頼は失われていくばかりだと考えれます。
 (現実に、学習指導要領を読まなくても、それに準拠した教科書が作られて、文部科学省の検定で合格させている以上は、それをもとに教えれば、教育は成り立ちます。しかし、学習指導要領の改訂の趣旨を踏まえないことで、マイナスの要素が生まれることは多いと思います。)

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昭和の家庭史トリビア?【第75問】 
 昭和15年(1940年)の話です。
 この年は「皇紀2600年」。「国史劇」「神社めぐり」が盛んになりました。
 奈良・橿原神宮の正月三が日の参拝者は,前年の何倍になったでしょうか。 
 ① 10倍
 ② 20倍
 ③ 200倍

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 【第74問の解答
 ②の金歯でした。「金」が調査の対象になったため,各家庭の金歯からキセルの口金まで強制申告させられることになりました。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より