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藤田晋の仕事学ーセオリー№1 ふり返り366日【08/6/7-1】/危険な?昆虫採集

[仕事力] ブログ村キーワード

 ビジネスマンの自己成長と,以下の「教育実習生」のそれを同じレベルで語ることはできませんが,「早い時期に経験しておくべきこと」の代表格を藤田晋が「藤田晋の仕事学」(日経BP社)で紹介していたので,関連性を述べておきたいと思います。

 各章のタイトルは以下のとおりで,その中で紹介されている「自己成長を促す77の新セオリー」に勝手に通し番号をつけさせていただきました。今回考えるのは第1章の最初の「セオリー」です。

 第1章 職場に不満がある人に
 第2章 成長速度を上げたい人に
 第3章 円滑な意思疎通のために
 第4章 初めて上司となる人に
 第5章 自ら考え実現するために
 第6章 今すぐ結果を出すために
 第7章 オフにも成長するために

 いかにも,現役教師にも求められているものが書かれていそうな雰囲気が漂ってきませんか・・・。

 セオリー№1 怒鳴られた時こそ前進しよう

 教育実習生や若い教師が,指導の立場にある教師から「怒鳴られる」経験はまずしないでしょうが,そういう経験が全くない教師の中に,子どもが喧嘩で「怒鳴り合って」いたり,親が「怒鳴り込んでくる」とパニックになってしまう人がいます。そして余計なことを口走ってしまい,問題の溝をますます深くする・・・。

 結局,組織内で厳しく同僚を鍛えていく空気がないことが,「弱い企業」の「弱み」であり,それと似ているのが学校現場ということでしょうか。

 指導者側が「怒鳴ればよい」という問題ではもちろんないのですが,そこまで厳しくして育てられた社員というのは,もしものときに動じず,すぐ次の行動を起こせる「強さ」を手にしている「希望」が持てます。そして,実際,そういう社員が会社を牽引していくことになるのでしょう。
 
 「怒鳴られるくらいで動じない力」・・・そういう反発力に期待する「成長のさせ方」が,まだ通用する会社があるということに安心感を覚えました。
 

2008/6/7
教育実習期間中のステップアップ
 3週間の教育実習期間を、指導者としての私は次のように捉えています。
 1週間目は、実習生が自分の課題に気付く時期。授業が批判にさらされて、課題があることに初めて気付く時期です。
 2週目は、その解決に向けてさまざまな方策を行うが、なかなか問題が解決しない時期。自分の授業への批判はよくわかるようになりますが、他の人の授業を見ても、まだそこにある問題を指摘できない時期。
 そして3週間目には、なぜ問題が解決しないかということに気付く時期。そして、他の人の授業の批判ができるようになる時期。
 何年か実習指導を繰り返しているうちに、この法則にあてはまる実習生が多いことがわかってきました。
 ということは、もし4週間目があれば、自分の問題解決が実現できるようになるかもしれません
 しかし、実際には3週間という規定なので、目標達成への時間不足を補うために、私は3週間分の範囲の試験問題をつくってもらい、これを主な評価材料とするようにしています。
 これまで何度も繰り返し書いていますが、その指導者の力量というのは、どのような問いかけで生徒の能力を測っているか、そしてたとえテストでもその問いかけの中で新しい能力を伸ばせているか、ということで評価できます。試験の問いかけは少なくとも授業より質が高くないと、生徒の力は伸ばせません。
 「質が高い」ということが、解く上での「難易度が高い」わけではないことが理解できるようになるためにも多くの時間と実践が必要ですが、さすがに教育実習ではそこまでは期待できません。
 ただ、指導者の立場からすると、実習生がつくる試験問題の質が、自分の指導の質として問われることになるのは確かです。

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昭和の家庭史トリビア?【第48問】 
 昭和11年(1936年)の話です。
 内務省が続発するある事件を防ぐために,ある行為を禁止しました。それは何でしょう。
 ① 学童が保護者の付き添いなしで昆虫採集を行うこと 
 ② 学童が採集した昆虫を問屋に売り歩くこと
 ③ 学童に昆虫採集用の青酸カリを販売すること

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 【第47問の解答
 ②の「暁の超特急」でした。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より