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プレゼンのスキル以前の問題 ふり返り366日【08/6/6】/短距離世界新

 あるとき,非常に注意深く教師の話を聞いている集団に出会ったときがあります。
 
 その教師のプレゼン能力がとても高いとは思えなかったので,優秀な生徒たちだなと観察していたら,その理由がよく分かりました。

 プレゼンの中で,間違いが頻繁に起こるのです。

 その間違いは何かのきっかけで訂正されるのですが,しっかり聞いてかなり正確に聞いておかないと,どこからどこまでが訂正になったのかもよく分からないのです。

 なかなか質問はしにくい空気もありました。

 質問が出ると,前の話からは矛盾する内容の説明がなされ,頭が混乱してしまう。

 音声言語による指示等の伝達というのは,意外と難しいものです。

 話す方は「分かったつもり」程度のレベルで話すのでは,相手にはなかなか正確に「言いたいこと」が伝わりません。

 プレゼンのスキル以前の問題の解決というのが,学校現場にとってはけっこうな重みとしてのしかかっています。

08/6/6 教師のプレゼン能力向上指針 その1

 一般的な公立学校では教師が行ってしまう役割の多くを、伝統的に自治活動がさかんな私の勤務校では、生徒が担っています。そして、その役割は上級生から下級生へ、先輩から後輩へと脈々と受け継がれているもので、むしろ教師は邪魔な存在になることすらあります。
 行事の準備や運営はその代表的なもので、生徒が担い、努力し、実行する分、成功したときのやりがいはひとしおなのでしょうが、やはり中学生だけの力では、今ひとつ質が高まらないという欠点もあります。
 それでも、そういう経験をした子どもたちの多くが高校、大学、行政や企業等で、かけがえのないリーダーとして活躍してくれることを信じて、その基礎作りを徹底して行います
 リーダーとしての基礎のうち、中学校段階でもかなり鍛えられるのが「プレゼン能力」です。
 プレゼン能力は、教科等の学習活動でもしっかり生徒に定着させるように配慮されたカリキュラムになっており、道徳と同じように教育活動全般にわたって伸ばしていける能力なのですが、行事の役員になると、それが自然に養成され、磨かれていくことになります。
 プレゼン能力と一言で表現しても、たとえば教師のコンピテンシーモデルではかなり横断的な能力となるので、ここでは分析的に考えるのではなく、優先順位の高そうなことからまとめ、子どもたちに要求するとともに、はたして教師はその能力がしっかり発揮できているのかを自らに問いかけていってほしいと思います(もちろん自分自身も含めてです)。
 なお、しばらくは谷口正和著「プレゼンの成功法則」(東洋経済新報社)からいくつかをアレンジして紹介したいと思います。
 まず、どうしたら相手を納得させることができるか。
その1 必ず一度は笑いをとる。笑いは最大の肯定的コミュニケーションです。
その2 大きな声で、明るく、自信をもって、前向きに話す。
その3 要点は、手を変え品を替え、何回も繰り返す
その4 まず全体を話し、それから部分へ移り、最後にもう一度、全体へ戻る。
     俯瞰(ふかん)→注視→再俯瞰
その5 図解で示す。ビジュアルな整理は情報を共有し、聞き手のレベルも上がる。
その6 箇条書きで話す。「3」を使用する(問題は3つあります。まずは、・・・)。
その7 ポイントになる人を見分け、その人に語り、要所要所でうなずかせる。
 そのこころは・・・・。

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昭和の家庭史トリビア?【第47問】 
 昭和10年(1935年)の話です。
 吉岡隆徳という人が,兵庫・甲子園で100m走に10秒3の世界タイ記録を出しました。何というニックネームで呼ばれるようになったでしょう?
 ① 昭和の韋駄天 
 ② 暁の超特急
 ③ 風の忍者

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 【第46問の解答
 ②の慶応大でした。何でも,渡欧途中の船上で40日間,甲板で倒立の練習をしていたそうで・・・大会1日目は強風で倒れる選手が続出するなか,慶大チームは倒れなかったことが勝因になったそうです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より