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「真剣さを感じない」感性 ふり返り366日【08/6/5-1】/昭和10年のデータ

 中学校の生徒指導(ここでは問題行動への指導という意味)は相当に気をつかって行うのが一般的になっています。
 「昔の感覚」を信じての指導では,なかなかうまくいかなくなっていることを,第一線の教師たちは感じ取っていることでしょう。

 多くの教師は,自分が生徒だった頃までイメージをさかのぼってしまうこともあり,生徒指導では必ず一度は大きな失敗をしてしまうものです。

 昔,よく言われていたことに,「本気で叱ってくれたことに感謝する」と感じてくれる生徒が多かった,ということがあります。(もちろん,今もそういう生徒はいるでしょうが)

 ここでの「本気で」という言葉の意味は,「仕事だから」とか「きまりだから」という態度ではなくて,「その生徒のためを思って」とか,「学校の伝統を守るため」とか,生徒が「筋が通っている」と実感できるもの,ということです。
 
 「真剣さ」が伝わる指導,というのは,場合によっては,ほとんど経験せずに生きてきた人もいるでしょう。

 ですから何が「本気」で「真剣」なのか,どこで線引きできるのか,という問いが生まれてしまうかもしれませんが,これこそ「感性」によるものです。

 「感じない感性」というものもあるわけです。

 こういうとき,指導は完全な空回りになるので,空しいというか惨めなものです。

 「本気」のよさが取り戻せる学校づくり,というのも,案外「改革」の決め手になるかもしれません。

08/6/5 「本気」でチャレンジしよう!

 ブログを通してお知り合いになれた、Z会のTさんのブログの記事、あなたにとって「本気」とは?には子どもたちにもぜひ読んでもらいたい内容(引用・・・FaithホールディングスのHPから)がありました。
 6つの「本気」、穴埋め問題にしてみますが答えがわかるでしょうか。

 1.本気とは“言葉”ではなく“(  )”である。
 2.本気とは“明日”ではなく“(  )”始めることである。
 3.本気とは“始める”ことではなく“(  )”ことである。
 4.本気とは“独りよがり”ではなく相手を動かす“(  )”である。
 5.本気とは“(  )のため”ではなく“(  )のため”である。
 6.本気とは“何かを得る”ではなく“何かを(  )”ことである。

 ①は、どんなリーダーに人はついていくか、考えてみて下さい。
 ②は、いつも言われていることですね。
 ③は、「続ける」よりもっと強い言葉です。
 ④も、リーダーにとって大切な資質です。
 ⑤と⑥は、組織と個人、どちらが優先されるのでしょうか。自分の責任を逃れるための言動にならないようにするためには、⑤と⑥にそれぞれ何が入ればいいのでしょう。
 ⑦は奥が深い話かも。普通、人の努力というものは、何かを得るためにしていると考えられます。
 しかし、あるレベルまで達すると、⑦が大事になります。
 ⑦ができない私などは、今、こんなことに時間を費やしています。

昭和10年(1935年)のデータ
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
○北海道北見のハッカ生産が世界市場の7割を占める。
○明治神宮体育大会のマラソンで,孫基禎が2時間26分42秒の世界最高記録。
○警視庁が紙芝居の内容・業者の統制に乗り出す。東京の紙芝居業者は約2500人。
○幼稚園児の好むおやつの順位。1位:ビスケット,2位:おかき,3位:せんべい。
○佐渡金山,新しい採金法で採金率が40%から85%に。
○米式蹴球(アメリカン・フットボール)の第1戦が東京・明治神宮外苑で行われ,横浜選抜が在日外国人チームを26-0で破る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より