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「労働」で人間形成の基礎ができない子どもたち ふり返り366日【08/6/4-4】

 息子の場合は,妻の実家に庭があって,草取りなどをする「お手伝い」をすることができるのですが,今,考えてみると,「労働」に値するくらいのことが,「家庭」という生活の場でできることは本当に限られてしまっているか,ほとんどなくなってしまっているのが現状でしょうか。

 子どもがこのような「労働」を「家」の中でする機会がなくなってしまったことを教育の荒廃の原因の一つに数えているのが内田樹です。

 学校での給食指導はまだしも,清掃指導でとても苦労する(というか,ほとんど手とり足とり教えないとできない,あるいは,ついていなとすぐにサボる)背景には,学校以外でそれを経験するチャンスがない,という背景もあるのでしょう。単に,公共の意識の低下とか,そういう言葉では説明しきれないものがありそうです。

 子どもが「働く」ことで大人に認められ,自己を確立するための材料の一つにする,そんな機会が失われてきたことが,ニートの増加を生んでいる・・・全くの検討はずれの考え方ではなさそうな気がします。

 そこに,「親の働く立派な姿」というのが目に映っているかどうか,そういうことも影響しそうです。

 学校における清掃などの「労働」の強制が気に入らない,といった人には,どんな言葉で説得していったらよいのでしょうか。

08/6/4 息子への金融教育

 母の日の前日のことですが、小学生の息子が二人の祖母に自分のお金で花を買って贈りたいと言い始めました。
 そして、たまたま銀行に預金しようとしていた、貯まったお小遣い5000円札を手に、何と2000円以上する鉢を二つも買ってきたのでした。残ったおつりはわずかでした。
 この思い切りのよさというか気前のよさに呆れたり心配になったりしていたのですが、花を贈った後はちゃっかりとまたお小遣いをもらって資金は回収してきたようです。
 親の目からは、投資をしてもうけをねらったようには見えず、朝早くおきて、純粋に二人の祖母の喜ぶ顔が見たいようで飛ぶように出かけていったのでした。
 今は、小学校などで実施されている金融教育のテキストはあまり見せたくない気がしています。
 大きな金額を動かそうとする小学生を見ると少しぞっとします。

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昭和の家庭史トリビア?【第45問】 
 昭和10年(1935年)の話です。
 大阪のテニススクールで,ある女性たちが他の会員から締め出されるという出来事がありました。その理由は?
 ① おしゃべりばかりでテニスをしないから
 ② 会費の滞納が続いたから
 ③ ショートパンツという服装だったから

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 【第44問の解答
 ③の「保険金殺人」でした。母親が日大生の息子に保険金6万6000円を掛けて殺害したものです。母親と共犯の妹は自殺。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より