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ニュースにならない学力調査 ふり返り366日【08/6/28】/第74問

 全国学力調査の結果だけで指導の成果を見るな,という主張は,「責任問題」としてふれられたことを受けて起こったもののようですが,一方で生活習慣と学力の関係を,二つのデータの相関だけで語る記事もある・・・。

 新聞に目を通すと,改めて,選挙後を織り込んでの「記事づくり」が中心であることがわかります。

 今までの調査と同じような結果=活用力に課題がある・・・ではつまらない・・・新聞記者の立場というのもよくわかるのですが,記者自身に目のつけどころがないので,「橋下知事」の話題でも出さないと「ニュースらしくない」新聞になってしまっているわけです。

 まさか「ニュース」にならないから学力調査は今年でやめろ,と言えるわけではないのでしょうが,「やめる」ことが織り込まれているようです。

 学力調査は無駄なのか役立っているのか,という比較は,そう簡単にできるものではありませんし,以前にも書いたとおり,「無駄」にしようと思えば,手を抜けばいいだけですから,「どう生かすか」が記事にならないかぎり,・・・これは結果を公表するかどうか,ばかりが話題ですが・・・・最終的には現場次第なのです。

 ただ,新聞記事だけ読むと,税金の負担者には「無駄」と判断したくなる気持ちばかりが高まっていくことになるのでしょう。
 「世論」に勝てるものはなかなかありません。

 ということは,「世論」をつくっているところが一番強い力をもつ・・・のは確かなことでしょう。

08/6/28 ~だからこそ必要な指導

 学校事故を根絶することは難しいと思いますが、その発生を少しでも減らし、安全・安心な学校づくりをするために、教師ができることをぜひもう一度しっかり考えてほしいと思います。
 先生方は、3階の教室の窓から身を乗り出して1階の友達と話をしている生徒をすぐに注意していますか。
 混雑している校庭で危険なボールの扱いをしている子どもを注意していますか。
 そもそもそのような休み時間に、だれか一人でも生徒の安全確認をしている教師はいますか。
 「危険を察知する能力が今の子どもには身に付いていない」という認識があるのならばなおさらのこと、「忙しい」「他に用事がある」という言い訳をせずに、安全確保のために努力すべきなのです。
 杉並区と杉並区教育委員会は、すでに訴訟対策をとっているようです。
 教師の監督責任について、公的には一切言及していません。
 教師自身もたいへんなショックを受けていると思いますので、心のケアは最大限行っていくことが必要でしょうが、短い間隔で「二人目」を出さないためにも、うちうちではしっかり声をかけているのでしょう。
 繰り返しますが、今の子どもに「危険を察知する能力が欠如している」認識があるのなら、「ですから事故発生の確率は昔より高くなっていますよ」ではなく、事故を減らすための努力をこれまで以上にしようとする姿勢がほしい。
 どんなに対策を講じていても、事故が起こってしまえば、どんな学校でも教師でも「悔いが残る」結果になるでしょうが、「起こっていたかもしれない事故が防げている」感覚を努力の中から感じ取っていける教師集団でありたいものです。

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昭和の家庭史トリビア?【第74問】 
 昭和14年(1939年)の話です。
 政府による国勢調査では,あるものも調査の対象になりました。「あるもの」とは?
 ① 鍋
 ② 金歯
 ③ 金庫

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 【第73問の解答
 ②の10人でした。陸軍では,子どもの数によって月給を考慮する「子宝ボーナス」が始められました。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より