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選挙直前に発表された学力調査結果 ふり返り366日【08/6/26】/第72問

 地震,新型インフルエンザ・・・命にかかわる可能性のあるこれらへの対応に,新学期早々,追いかけられるような毎日が始まりそうです。

 選挙直前に発表された全国学力調査の結果・・・官僚側の意図も様々な読み方ができますが,選挙のことはさておき,NHKでは学力上位の子どもに見られる傾向として,朝食をとる,家で学校でのできごとを話す,ノートをきれいにとる・・・などの共通点があることを報道していましたが,これらがすべてできても上位に入らない子どもや,家庭の事情でそれができない子どももいるので,統計上のデータの示し方というのは,特にすべての人が知ることになる情報には,配慮する必要がありそうです。

 統計上では,学力下位の子どもにそれらの傾向がみられにくいということが言えるのかもしれませんが,それが勝手に想像されてしまうという面もあります。

 公立中の校長がインタビューに答え,「家庭でのコミュニケーションが大切」というまっとうな言葉の部分が報道されました。 
 
 今後のアンケート調査では,教師への質問紙回答で,「成績がよい自治体の回答」に見られる傾向に近いことを書こうとしてしまうという問題も出てきそうです。

 教師ごとの質問紙調査回答履歴がとれれば,授業改善の様子なども追っていくことができそうですが,それが実施できるとしたら,都道府県レベルです。国が主導で行っているこの制度をどう活用するかは,各学校と,区市町村,都道府県のそれぞれのレベルでふさわしい対応を考えていくことが大切です。

08/6/26 批判の海への航海で求めるもの

 よたよたあひるさん、コメントありがとうございます。
 私の場合は、現場のときも教育委員会のときも、主義・主張、法令遵守の立場というのを徹底していましたから、そこへの批判は当然覚悟の上で、場合によっては相手に考えを変えてもらうために必死になって説得するようなこともします。そのおしつけがましさを「傲慢な態度」と受け取られ、それが原因で聞く耳をもたなくさせてしまうというのは、明らかに失敗なのですが、私にはどうしても「孫子の兵法」を使いたくないケースがあるわけです。
 (今回の一連の批判がそれです。同じ意見のブロガーもいらっしゃいます。)
 さまざまな質の批判を受けますが、それにくじけないのは、さまざまなバックグラウンド(特に全国民が必ず学校という場を経験してさまざまな教師に接してきているがゆえに)がある人をしっかり想定し、こういう人ならこう言ってくるだろう、それに対してはどう対応したらいいだろうと常に頭を回転させているからだと思います。行政のときに身に付いた癖と言ってもいいかもしれません。いわゆる「想定問答集」を頭の中につくる癖です。
 しかしそれは、行政の場だけで役に立つものではなく(実際にはほとんどの質問はされませんからかなりの部分が無駄になるのですが、だから紙には書かず、頭の中に入れておくのです)子どもに対する指導のあり方と重なる部分が非常に多い
 反抗的な態度、権威やプライドを傷付けようとする攻撃的な態度が表れる裏には、子ども自身がさまざまな人から受けてきた傷があるわけで、批判を受けながらその深さを感じ取ろうとする余裕が教師には必要なのですね。
 現場と違って教育委員会というところは、基本的には法令に沿って上司の指示に従って職務を遂行するところですから、批判を受けたとき、「それは私のせいではないんですが・・・」という思いが頭をよぎってしまいがちになり、対応に誠意を込められなくなる原因になるのですが、とにかく「特定の人の利益を追求する立場ではなく、あくまでも全体の奉仕者として、公共の利益という価値を追求する立場として仕事をしている」感覚を忘れないように努力しました。
 主義・主張というのは、自分自身がつくりあげてきた「価値」へのこだわりだと思います。
 けっして与えられた「価値」ではなく、信じきることができるようになった「価値」へのこだわりです。与えられた「価値」で動く教師では子どもは動かせません。
 道徳の学習の生命線もここにあります。
 もっと言えば授業の生命線でもあり、教育活動の生命線です。
 東京都教育委員会教育長から来た区市町村教育委員会教育長宛の通知文に、「写」と判を押して、ただ機械的に各学校に送るのではなく、たとえばその文書の送付状に、一言だけでも「子どもの命にかかわる重大な問題です。周知徹底をお願いします」と加え、「念を込める」「魂を込める」だけでも、紙一枚の重さは違ってくると信じていました。
 もしこの通知文一枚で、数百校のうち1校でも改善箇所が見つかり、措置が講じられれば、無駄にはならなかったことになります。
 安全点検というのは、定期的に行うこと、繰り返すことが大切で、前回は何となく通り過ぎてしまった箇所が、今回は何だか危険に見えてきた、壁に浮いている釘を発見した、などということが実際にあるわけです。
 そういう趣旨を、通知を送るときには一緒に伝えたい。
 こういう姿勢は、テスト問題一つとっても、「どういう力をつけてほしいのか」が明確に伝わるような工夫をすることに結びついています。
 自分がよって立つ価値の源泉。
 私の場合は、宮城谷昌光の小説がベースの一つになっています。
 よって立つ価値は、「人から学べる」ものが非常に多い。
 だから批判というのはその中からダイヤが見つかるかもしれない鉱脈だと考え、あえて自分から掘っていくこともしたいと考えています。

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昭和の家庭史トリビア?【第72問】 
 昭和14年(1939年)の話です。
 大阪営林局が農家の副業に有望として,奨励に乗り出した動物とは?
 ① イヌ・ネコ
 ② ウサギ・イノシシ
 ③ キツネ・タヌキ

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 【第71問の解答
 ①の「食糧自給のため」でした。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より