ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 「話し合い」主義 ふり返り366日【08/6/22】/昭和13年の初登場 | トップページ | 学級閉鎖中の学力保障 ふり返り366日【08/6/24】/第70問 »

職員室の異様な光景 ふり返り366日【08/6/23】/別れのブルース

 小学校の先生で,「毎日学級便り」を発行している方というのは何%くらいいらっしゃるのでしょうか。

 私はそういう教師に育てられてしまったからか,中学校の教師でも学級便り(学年主任になってからは学年便り)を出すのが仕事ではなく,趣味でした。

 学校で発行されるお便りは,不特定多数の人が読めるものではないはずなので,表彰された生徒の名前など,良いことについてはバンバン個人名が登場していましたが,たとえば保護者の中にPDFファイルをつくってネットで公開されるような方が出てくると,そんな通信を発行するのは難しくなってしまいます。

 最近のはやりは,ブログでの通信,メール配信なんていうのもあるようですが,やはり個人情報の扱いには注意が必要そうですね。管理職のチェックも短時間で済みそうですし,これが一番簡単そうなのですが・・・。

 ただ,みんながパソコンの画面に向かって黙々と仕事をしているような職員室よりも,配達人にように職員室の机に学年便りを置いていきながら簡単な会話や情報交換を行う・・・そんな光景のある職員室の方がいいですね。

 私がちょっと気になっているのは,帰宅途中に前を通りかかる塾の職員の様子です。

 常にパソコンの画面にかじりついています。

 授業のチェックでもしているのでしょうか?

08/6/23 ブログから想像される教師像

 教師たちは、もし見ず知らずの人から、「あなたのクラスではいじめがよくおこっているでしょう」「子どもを自分のコントロール下に置くことに重きをおくような過保護・管理主義的な態度が、現在の教育的諸問題の根源ではないか」「子どもに対してレッテルを貼りをしているのではないか」「自分があなたのクラスだったら不登校になる」と言われたら、どのように対応するのでしょう。
 
 まず、学級担任の影響力が過大に捉えられる傾向があるのは、組織的・計画的に学年経営がなされていない学校が多いからでしょうか。それとも学級担任があまりに多くの問題をおこしてしまうからでしょうか。
 学年主任を数年間つとめていた私の経験から言うと、中学校では、学級担任一人ではなく、学年の教師たちの影響力がまんべんなく全クラスに行き渡るような工夫を繰り返し行いました。
 小学校の悪しき「学級王国」習慣を崩す意図もありますが、最大のポイントはみんなで一人一人を育てるという自覚を高め、できるだけ実践するということです。
 たまたま、現任校もまさにそのスタイルで教育実践に臨む伝統があり、子どもは「担任べったり」という習慣がいっさいありません(一応、行事の場面などではそれなりに立ててくれたりもしますが、あまりにも教師を教師と思わない態度が露骨になるのが困る場面もあります)。
 子どもは誰にでも相談できますし、クラスの子どもが他の教員に相談に行ったからと言って、担任も気にしません。
 保護者の意識としては、やはり担任を頼ろうとする気持ちが強いのかもしれませんが、自分が教えている教科ならともなく、他教科が苦手で困っていると相談されたら、自分はこうやって勉強した、とかいうアドバイスもやろうと思えばできますが、ぜひその教科の先生と面談を!としか言いようがありません。こういうことを「血も涙もない」と批判する子どもはいません。
 子どもも少しずつ、厳しい実社会に出て行くための準備を整えていくのです。
 すずめ先生は「スタッフワークが大切」とおっしゃっていますが、その点については私も全く同感で、だから上に述べたような実践をしてきているわけです。
 学年の教師たちがみんながみんな、単一のキャラだったら、子どもはおもしろくもなんともないでしょう。
 ですからキャラの役割分担というのもあるのです。
 現任校の話ではありませんが、それぞれキャラに名称をつけて、今年はこれで行く!と盛り上がる4月が何度かありました。
 私は一貫してかなり厳しいことを要求する教師だったと思いますが、子どもが「当たり前のことを当たり前に行う価値」に気付く段階でほとんどその役割は終え、教科指導に集中することができました。
 教育については、ドラマで作られる歪んだイメージが強かったり、自分の体験が強烈だったりして、誤解を受けていることが多いですが、少なくとも小学校より、中学校というのは担任の影響力は弱く、子どもはより頼りがいのある教師(部活だったり、教科だったり・・・)を支えに、成長してくれます。
 ・・・といろいろ申し上げても、ご理解いただくには難しいかもしれませんが・・・。

*******************
ブログランキング 歴史

昭和13年(1938年)のブーム・流行
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
○淡谷のり子の『別れのブルース』が爆発的に売れる。
 (喫茶店にたむろする若者から火がついたもの。なお,この年,警視庁が管内80署の警官を新宿や銀座などの盛り場へ動員,緊迫した時局を忘れて浮かれ回る学生をチェックし,3日間で3486人が検挙しました。)
○満州への分村熱が高まる。計画中のところが100町村,検討中が720町村に。
○関東で「ドンテッテ」というメンコに似た遊び,関西ではお手玉を足で蹴るジャンケリ遊びが流行。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

« 「話し合い」主義 ふり返り366日【08/6/22】/昭和13年の初登場 | トップページ | 学級閉鎖中の学力保障 ふり返り366日【08/6/24】/第70問 »

教育」カテゴリの記事

歴史学習」カテゴリの記事

昭和の家庭史」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 職員室の異様な光景 ふり返り366日【08/6/23】/別れのブルース:

« 「話し合い」主義 ふり返り366日【08/6/22】/昭和13年の初登場 | トップページ | 学級閉鎖中の学力保障 ふり返り366日【08/6/24】/第70問 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より