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職員室の異様な光景 ふり返り366日【08/6/23】/別れのブルース

 小学校の先生で,「毎日学級便り」を発行している方というのは何%くらいいらっしゃるのでしょうか。

 私はそういう教師に育てられてしまったからか,中学校の教師でも学級便り(学年主任になってからは学年便り)を出すのが仕事ではなく,趣味でした。

 学校で発行されるお便りは,不特定多数の人が読めるものではないはずなので,表彰された生徒の名前など,良いことについてはバンバン個人名が登場していましたが,たとえば保護者の中にPDFファイルをつくってネットで公開されるような方が出てくると,そんな通信を発行するのは難しくなってしまいます。

 最近のはやりは,ブログでの通信,メール配信なんていうのもあるようですが,やはり個人情報の扱いには注意が必要そうですね。管理職のチェックも短時間で済みそうですし,これが一番簡単そうなのですが・・・。

 ただ,みんながパソコンの画面に向かって黙々と仕事をしているような職員室よりも,配達人にように職員室の机に学年便りを置いていきながら簡単な会話や情報交換を行う・・・そんな光景のある職員室の方がいいですね。

 私がちょっと気になっているのは,帰宅途中に前を通りかかる塾の職員の様子です。

 常にパソコンの画面にかじりついています。

 授業のチェックでもしているのでしょうか?

08/6/23 ブログから想像される教師像

 教師たちは、もし見ず知らずの人から、「あなたのクラスではいじめがよくおこっているでしょう」「子どもを自分のコントロール下に置くことに重きをおくような過保護・管理主義的な態度が、現在の教育的諸問題の根源ではないか」「子どもに対してレッテルを貼りをしているのではないか」「自分があなたのクラスだったら不登校になる」と言われたら、どのように対応するのでしょう。
 
 まず、学級担任の影響力が過大に捉えられる傾向があるのは、組織的・計画的に学年経営がなされていない学校が多いからでしょうか。それとも学級担任があまりに多くの問題をおこしてしまうからでしょうか。
 学年主任を数年間つとめていた私の経験から言うと、中学校では、学級担任一人ではなく、学年の教師たちの影響力がまんべんなく全クラスに行き渡るような工夫を繰り返し行いました。
 小学校の悪しき「学級王国」習慣を崩す意図もありますが、最大のポイントはみんなで一人一人を育てるという自覚を高め、できるだけ実践するということです。
 たまたま、現任校もまさにそのスタイルで教育実践に臨む伝統があり、子どもは「担任べったり」という習慣がいっさいありません(一応、行事の場面などではそれなりに立ててくれたりもしますが、あまりにも教師を教師と思わない態度が露骨になるのが困る場面もあります)。
 子どもは誰にでも相談できますし、クラスの子どもが他の教員に相談に行ったからと言って、担任も気にしません。
 保護者の意識としては、やはり担任を頼ろうとする気持ちが強いのかもしれませんが、自分が教えている教科ならともなく、他教科が苦手で困っていると相談されたら、自分はこうやって勉強した、とかいうアドバイスもやろうと思えばできますが、ぜひその教科の先生と面談を!としか言いようがありません。こういうことを「血も涙もない」と批判する子どもはいません。
 子どもも少しずつ、厳しい実社会に出て行くための準備を整えていくのです。
 すずめ先生は「スタッフワークが大切」とおっしゃっていますが、その点については私も全く同感で、だから上に述べたような実践をしてきているわけです。
 学年の教師たちがみんながみんな、単一のキャラだったら、子どもはおもしろくもなんともないでしょう。
 ですからキャラの役割分担というのもあるのです。
 現任校の話ではありませんが、それぞれキャラに名称をつけて、今年はこれで行く!と盛り上がる4月が何度かありました。
 私は一貫してかなり厳しいことを要求する教師だったと思いますが、子どもが「当たり前のことを当たり前に行う価値」に気付く段階でほとんどその役割は終え、教科指導に集中することができました。
 教育については、ドラマで作られる歪んだイメージが強かったり、自分の体験が強烈だったりして、誤解を受けていることが多いですが、少なくとも小学校より、中学校というのは担任の影響力は弱く、子どもはより頼りがいのある教師(部活だったり、教科だったり・・・)を支えに、成長してくれます。
 ・・・といろいろ申し上げても、ご理解いただくには難しいかもしれませんが・・・。

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昭和13年(1938年)のブーム・流行
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○淡谷のり子の『別れのブルース』が爆発的に売れる。
 (喫茶店にたむろする若者から火がついたもの。なお,この年,警視庁が管内80署の警官を新宿や銀座などの盛り場へ動員,緊迫した時局を忘れて浮かれ回る学生をチェックし,3日間で3486人が検挙しました。)
○満州への分村熱が高まる。計画中のところが100町村,検討中が720町村に。
○関東で「ドンテッテ」というメンコに似た遊び,関西ではお手玉を足で蹴るジャンケリ遊びが流行。
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より
  • 目くばりをするということは、実際にそこに目を遏(とど)めなければならぬ。目には呪力がある。防禦の念力をこめてみた壁は破られにくく、武器もまた損壊しにくい。人にはふしぎな力がある。古代の人はそれをよく知っていた。が、現代人はそれを忘れている。
    「楽毅」第1巻より
  • 知恵というものは、おのれの意のままにならぬ現状をはげしく認識して生ずるものなのである。
    「楽毅」第1巻より
  • 会う人がちがえば、ちがう自己があらわれるということであろうか。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 静寂に染まりきれば、ふたたび起つことはない。生きるということは、起つ、ということだ。自然の静謐に異をとなえることだ。さわがしさを放つことだ。自分のさわがしさを嫌悪するようになれば、人は死ぬ。
    「楽毅」第四巻より
  • 人というものは、自分のやっていることをたれもみていないと思い込んでいるが、じつはたれかがみており、やがて賛同してくれる人があらわれる。
    「春秋の名君」より
  • 寵を受けても驕らず、驕っても高い位を望まず、低い地位にいながら怨まず、怨んでもおのれを抑えることのできる人は少ない
    「沈黙の王」より
  • 小さな信義が、きちんとはたされてこそ、それがつもりつもって、大きな信義を成り立たせる。それゆえに、明君は、小さな信義をおろそかにせず、つねに信義をつむように、心がけるものである
    「歴史の活力」より
  • 奥の深いことと、表現がむずかしいこととは、むしろ逆の関係にある。むずかしい表現のほうが、ぞんがい簡単なことをいっている場合が多く、やさしい表現のほうが、奥の深いことをいえる。
    「歴史の活力」より
  • 黄河の流れは悠久とやむことはない。河床もあがりつづけるのである。いくら堤防の高さをましてもらちのないことであった。
    「侠骨記」より
  • 人はおのれのままで在りたい。それは願望とはいえぬほどそこはかとないものでありながら、じつは最大の欲望である。人の世は、自分が自分であることをゆるさない。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 外をもって仕えている者は信用するに足りぬ。つまり男でも女でも内なる容姿というものがあり、その容姿のすぐれている者こそ、依恃(いじ)にあたいする。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 橘という木があります。この木が淮水の南に生ずれば、すなわち橘となります。ところが淮水の北に生ずれば、すなわち枳となります。葉は似ておりますが、実のあじわいはことなります。なにゆえにそうなるかと申しますと、水と土がちがうからです。そのように、その者は斉で生まれ育ったときは盗みをしなかったのに、楚にはいって盗みをしたのです。楚の水と土は、民に盗みをうまくさせようとするところがありませんか
    「晏子」(第四巻)より
  • 倹より奢に入るは易く、奢より倹に入るは難し
    「中国古典の言行録」より
  • 礼儀という熟語がある。礼とは万物を成り立たせている根元に人がどうかかわるかという哲理のことで、儀とは礼をどう表現するかというレトリックをいう。その二つが組み合わさって礼儀ということばが生まれた。
    「春秋の色」より
  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より