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「過保護」の意味も多様 ふり返り366日【08/6/21】/セメダインと言えば・・・?

 この記事から,「すずめ先生」ファンの読者からさかんにコメントが入るようになりました。
 しばらくして,「特定の役」を演じ続けることにしました(そもそもスタートからそういうブログでした)が,相手の方は予想以上の勢いでその「」の「相手方」をつとめていただきました。「ふり返り」では「ふれない」記事も多くなりますが,バックナンバーでコメントのやりとりも読めますので,興味のある方はご覧ください。
 「太田総理」が登場する番組のようなやり取りを望まれた方も多かったかもしれません。
 「役」の通りにつとめることに終始していたため,ブログに収まる程度の穏やかな内容で物足りなかったと思われますが,教育の話題は,現場を知っていただくのが一番・・・これに尽きますので,残念ながら限界がありました。
 それはこれからも変わることはないでしょう。

08/6/21 他ブログ内での批判に応えて >そのようにして親の責任にするのが教師の同僚性というものですか・・・。 身近にも、「私はやめろと注意したんですけど子どもが聞かなくて・・・」と言い訳をする教師がいました。 それは「指導」ではなくて「指(ゆび)」ですねと指摘せざるを得ません。 言い訳であることが自覚できない教師は多いのでしょう。 何よりも危険な遊びで命を落とした子どもや保護者は不憫でなりませんが、そういう結果を導いた教師の日常がどのように「同情」を導くか、それとも「怒り」の矛先となるかは、事実関係次第でしょう。

 すずめ先生の記事に以上のようなコメントをした私に対して、以下のような批判が寄せられました。

1 私の記事は攻撃的である。
2 子どもに危険を察知する能力が育たないのは、管理主義や過保護が原因ではないか。
3 能力主義的で、やってできない人の痛みがわかっているのか。
4 すぐにレッテル貼りをする。そのレッテルを鬱陶しく思う人の心がわかるのか。
5 他のクラスよりいじめや登校拒否が多いのではないか。
6 あたたかい集団が見えてこない。

 この場で簡単にお答えいたしますと、
 1については、教師の問題点を指摘すること=攻撃という意味なら、確かに攻撃的かもしれませんね。
 2については、私の使う「管理」という用語の中には、リスクコントロール(危機管理)という意味も含まれており、そのノウハウを子どもや教師が徹底できれば、今回の事故は防げたと思います。本当に過保護だったら、危険な場所にいる子どもをだっこして安全な場所に移動させてあげるでしょう。
 3については、やってできないことを悩んでいる教師ならまだ救われますが、そのことを完全に棚上げし、子どもや保護者のせいにする教師にはそういう教師に教育されて伸び悩んでいる子どもや保護者の痛みをぜひわかってほしいと熱望します。
 4については、大人ならば、つけられてしまったレッテルが誤りであることを証明すればそれで終わりでしょう。
 組合に入るのが当然の地域と、組合に入ることを望まない教師が多い地域がありますよね。ですから組合を総括して批判することはできませんし、そもそもその内部事情は組合の種類によっても全然違うでしょうから、「組合」というものに何かのレッテルを貼ることはいたしません。
 すずめ先生へのコメントにも書きましたが、私がそこに書き込んだのは、すずめ先生個人への意見を公表しただけで、組合の人たちへの意見ではありません。
 5・6については、担任をもっていればという仮定の話ですね。私は、一部の教師のように、現任校の子どもの具体的な様子や指導の概要をこのブログで公表するつもりはいっさいありません。守秘義務違反とまでは言いませんが、もし子どもや保護者に読んでもらうとしても、ためになる情報を提供しようと考えています。

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昭和の家庭史トリビア?【第69問】 
 昭和13年(1938年)の話です。
 この年,接着剤としてセメダインCが爆発的に売れました。そのきっかけは?
 ① 家の補修のために使われるようになった。
 ② 学校の工作で使われるようになった。
 ③ CMに起用された喜劇俳優の影響。

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ブログランキング 歴史

 【第68問の解答
 ①の「金魚が泳いでも死なないため」でした。この年,水を8割入れた酒が出回るようになってしまったそうです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より