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教師に求められる素人くささ ふり返り366日【08/6/17-1】/昭和12年のデータ

 教師には,プロの根性を燃やしつつ,プロらしさは内に秘めておく,そういうことが必要な場面というのがあります。

 プロらしさをひけらかすことで,いかにも「いやらしい」感じになっていることが分からない教師も少なからず存在します(教師嫌い・学校嫌いの大人や子どもならよく分かることでしょう)。

 教師をやめた人か,現役の教師が書いている「教育書」には,だいたい「子どもが教えてくれた・・・」「子どもとともに学んだ私」というような美談が載っていますが,ある見方からすると,そういう美談はたまたま訪れるものではなく,毎年同じように繰り返される必要というのもあるわけです。

 望んでもそういう結果が得られなかった場合も多いわけで,「こういう成功がありました」よりも,なぜ「失敗したのか」「成功しない条件とは何だったのか」が明らかにされない限り,あまり参考にはならないのです。

 教師というのは,プロっぽいムードを出せば出すほど嫌ってくる対象がいる(それは子どもに限らず同僚にも)職業であり,そういう対象には,相手の方に教師を掌で操っているように思わせるという方法で,上手く教師の掌で操るような行動が必要になり,そのために表面上は「素人くささ」を匂わせることができるというのも,成功に近付ける資質であるように思います。

08/6/17 プロ根性  昨日、本日と、毎年お世話になっている宿舎の社長さんと打ち合わせをしてきました。  この社長さんから改めてプロ根性を学ばせていただきました。  後日、記事にするかもしれませんが、いくつか挙げさせていただきます。

 プロはサービス精神の塊である。
 プロは仕事へのこだわりを捨てない。
 プロは地球が職場である。
 プロは人を集め、人気を集める
 プロはトライし続ける
 プロはすぐ始める
 プロはすべてから学ぶ
 プロは途中でやめない
 プロは予測し続ける
 プロは着地点を見ている
 プロはヒットでもホームランでも打てる
 プロはとてつもない情熱をもっている。

 このようなプロ根性を学ばせていただけるだけでも、教師としての自分には財産になります。
 そして子どもたちもきっとよい影響を受けるでしょう。

********************

昭和12年(1937年)のデータ
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
○兵役法施行令が改正され,徴兵検査合格の身長基準が5㎝引き下げられる。
○東京市内のうどん・そば(もり・かけ)の値段が,8銭から10銭に値上がり。(好景気)
○ハガキが5厘値上がりし2銭に。封書は1銭値上がりし4銭に。37年ぶりの値上げ。
○東京の浴場,大人5銭から6銭に値上げ。
○国鉄,子どもの無賃扱い年齢を4歳未満から6歳未満に引き上げ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より