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8・10 ひやりハットぼうしの日 ふり返り366日【08/6/15-2】

 8月10日は,「健康ハートの日」(8と10でハー・トと読めることから,心臓病と脳卒中の予防や制圧を願って財団法人日本心臓財団が制定),「帽子の日」(8と10でハッ・トと読めることから,帽子業界の振興を目的に全日本帽子協会が制定),「宿の日」(8・10をヤ・ドと読むことから,全国旅館環境衛生同業組合連合会が制定)とされています。

 「ハット=帽子」の日であるなら,「ひやりハットぼうし(防止)」の日・・・というものありでしょうか・・・?

 自動車・バス等の運転手,薬剤師や医師などには,「ひやりハット防止のマニュアル」というのがあるようです。

 教師にとっては,「言葉かけ」のひやりハットがいくつかあります。

 最も重大なものは人権関係のもので,特定の背景をもつ子どもの心を深く傷つけるような言葉というのがあります。
 
 だいたい,口に出して,そのときの空気で気付くものなのですが,子どもと密着しすぎてしまうと,その空気も当然のものとなり得るので注意が必要になります。

 子どもの目を見ながら話すことで,たいていのことは防げるようなのですが・・・。

08/6/15 プロの教師と生徒のプロで創る授業 その3 笑顔のアイコンタクト  プロは、いい笑顔をもっています。  教師の笑顔の効果は絶大です。  子どもは安心感期待感を抱くことができます。  自分の存在が受け入れられているということを子どもは実感します。  正しい行動を促すはたらきがあります。  無数のメッセージを送る(贈る)ことができます。  これから出題しようとしている問題の難易度を、笑顔で表現することができます。  それによって生徒にさまざまな段階の心構えを促します。  教師は、笑顔に驚き、歓喜、熟考などの感情や行動をアレンジして、授業に躍動感をもたせることができます。  教師はいろいろな子どものさまざまな笑顔を作り出すクリエーターです。  授業の中で教師がふと熟考モードに入ってしまったとき、即応モードに戻してくれるのは生徒の笑顔です。  生徒は理解度を笑顔で表現することができます。  真剣なまなざしの後にくる生徒の笑顔は格別なものです。  笑顔をはじめとした表情が豊かな生徒は、心も豊かです。  豊かな表情の基本は、やはり笑顔です。  「スマイル=0」を売りにしている店の人。  本当の笑顔でしょうか。  笑顔をつくる以前の問題として、人の顔、目を見て話をすることができない店員もいます。  笑顔と笑顔でアイコンタクト。  それがプロと教師と生徒のプロがつくる授業の基本です。

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昭和の家庭史トリビア?【第60問】 
 昭和11年(1936年)の話です。
 この頃,社会で一般化したこととは,次のうちのどれ?
 ① メリヤス(寝巻・ステテコ・サルマタなど)が全盛に
 ② 東京の浴場に温水器が設置される
 ③ 寝具ふとんにシーツをかけること

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ブログランキング 歴史

 【第59問の解答
 ③の7人でした。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より