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小中一貫・中高一貫の学習面の「正しい」かたちとは?

 学習における「小中一貫」ということを考えると,もしかしたら最も「一貫性」があるのは,「中学受験の塾」→「私立中学校・高校」というラインなのかもしれません。

 私立中・高の学習は,中学受験の過程で学んだ内容を財産として早い進度で進むことが可能です。

 いつも公立高校の入試問題が「中学受験レベル」であることが話題になりますが,公立中学校に通っている=高校受験を経験する子どもの多くが「中学受験」を経験していないことを考えると,別に「中学受験レベル」でも(出題して全員が正解してしまうというのであれば問題でしょうが),学習指導要領に準拠しており,正答率が特段に高くなければ入学選抜の問題としては成立することになります。

 公立高校の入試問題は,それが義務教育段階ではない学校への選抜試験であるとはいっても,学校の授業さえしっかり理解していれば対応できる問題であり,学校以外で特別な指導を受ける必要があるわけではありません。

 都立高校で進学に力を入れさせようとすると,塾に通うのが常識という空気を作れば別の話ですが,学校で受験学力に対応させようとすると,どうしても「宿題」「宿題」「宿題」という「詰め込み」方式に偏らざるを得なくなっていくでしょう。
 中高一貫校でも同じことで,結局「ゆとりのない6年間」が生まれることになるとすれば,設立の趣旨と全く異なる結果になってしまいます。

 ただ,行政側の建前よりも,生徒や保護者の本意を優先させるということなら,「適法」より民意に「適応」する道を歩まざるを得ないのでしょうね。
 「適正」かどうかはわかりませんが。

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昭和の家庭史トリビア?【第4問】 
 昭和元年(1926年)の話です。(なお,ここまでの問題の題材となっているのは,正確には大正15年のものです)
 東京・銀座を歩く人の服装を資生堂が調べました。12月2日の午後1時30分から1時間かけての調査です。
 どんな結果だったでしょうか。
 ① 男性は和装が洋装より多く,女性は洋装が和装より多かった
 ② 男性は洋装が和装より多く,女性は和装が洋装より多かった
 ③ 男性,女性とも,洋装が和装より多かった。
 ④ 男性,女性とも,和装が洋装より多かった。

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 【第3問の解答
 ① ネズミ でした。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より