ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 子どもが伸びない理由/昭和の家庭史トリビア?【第9問】マネキンとは? | トップページ | 81年前に生まれた「家族」のかたち »

忍耐力の限界ラインを持ち上げる使命感が必要

 自称「教師の卵」や仮面「教師の卵」によく会う機会がありますが,最近特に気になるのはそのコミュニケーション能力でしょうか。
 学校訪問中に廊下で出会った関係者の横を素通りできるような人間が教師を目指しているというのは,情けない現実です。
 中には忙しい就職活動の間を縫って,教員免許状を手に入れるための単位取得のためだけに参加している人間も多いので,「単位さえとれれば何の問題もない」ということなのかもしれませんが・・・。
 教育実習に参加しようとしている学生の「資質」を大学はどの程度把握しているのか?と質問したことがありましたが,その答えは「多すぎて分からない」というものでした。
 「1対1」のコミュニケーションができない学生が紛れ込んでくるのもやむをえないようです。
 1を教えて10分かる学生を教えた経験がある教師たちにとっては,1から10まで教えなければならない現状に,悲しくもあり,やりがいもひとしおといったところでしょうか。
 同じような状況に置かれている生徒だけでも大変なのに,その上,大学生まで・・・あとは忍耐力・その限界を高め,臨界状態を持続させる,自分との勝負です。 

08/5/21 最大の「勝つべき相手」は自分です。

 教師が使う「同僚性」という言葉のニュアンスを「完全な横並び・平等・相互不干渉」と捉えている人がいるなかで、職場におけるリーダーの経験や実力が認められ、指示・指導が通ったりコンピテンシーを同僚が獲得していったりできる環境が広がっていくことが望ましいですね。
 あるとき、「君は私の若いときより覚えが早いな・・・」とか言われば、より早く一人前になろうとする意欲が高まることも私に言わせれば健全な競争心の成果であり、チームの中で打点を競い合えるような好敵手や先輩・後輩がいる環境が教師をどんどん伸ばしていくと考えています。
 仮にどちらかが負けるとしても、子どもに残るのはプラスの効果だけです。結果してはWin-Winの関係です。
 「忘己利他」と言いますが、そのとき最大の敵は忘れたくてもそこにある「自分」でしょう。
 できれば怠けたい楽をしたい楽しいことだけやっていたいつらいことからは避けたい子どもに嫌われたくない、そういう後ろ向きの自分に勝ち続けることが重要であり、その意味で教師にとっての最大の競争相手は過去の自分です。
 去年の自分より成長すべき今年の自分。
 今年の自分より5年後の自分。
 人事考課制度能力開発型をとっているのもねらいはそこにあると考えられます。  
 「競争による勝者」に対するイメージが、教育への競争原理の導入に反対されている方と私とではおそらく正反対なのだと思います。
 汚い手を使う、インチキをする、子ども第一主義ではなく、利己主義、・・・?
 教育という非常に困難な仕事で成果を上げるには、小細工やものまねは通用しません
 よりよい教育内容、教育方法を追及し続け、人に自分の優れた能力を伝え、人の自分より優れた能力を学びとっていくプロセスを、多くの教師が経験できる環境もそう簡単にできるものではありません。
 努力の賜です。
 そうなっていない職場は、黙っていても簡単には改善しません。
 なぜ望ましい職場環境にある学校、そしてその中で他の教師によい影響を与えている人が、改善すべき職場環境にある学校、実力がないだけでなく学ぶ姿勢も持たない人より高い評価を受けてはいけないのか。・・・これは一般論です。
 競争なんてあってもなくても、努力する人は努力し、努力しない人は努力しないわけだから、「競争原理が入ったからおかしくなった」という、努力をしない人を擁護したり正当化したりするような態度というのはおかしいのではないか・・・これは生徒の意見ですが。
 教育における競争原理は、「まず、自分に克て!」というメッセージと受けることはできないでしょうか。

*******************
昭和の家庭史トリビア?【第10問】 
 昭和3年(1928年)の話です。
 東京・神田の厳松堂で,少年店員42人が丁稚奉公制度に反対してストを起こしました。「殴らない」「寄宿舎は1人1畳から2畳へ」の他に,少年店員は,どんなことを要求していたのでしょうか。 
 ① 名前に「どん」をつけない
 ② トイレに行く回数を制限しない
 ③ 昼ごはんを食べさせる

*******************
ブログランキング 歴史
にほんブログ村 歴史ブログ 近代・現代史(日本史)へ

 【第9問の解答
 ② ファッションモデルでした。マネキンは正しく(フランス語で)はマヌカンでしたが,それだと「(客を)招かん」と聞こえ縁起が悪いということで,「金を招く」という意味の「マネキン」になりました。
 当時は,「マネキンガール」(=現在ならファッションモデルでしょう)という新職業ができて,「東京マネキン倶楽部」という団体も結成されています。
 きれいな着物を着て展示場に立っているだけなのですが,展示場の人形の中に,本物の女性がまじえて置いてみたら,「動く人形」として話題になったので職業として独立したそうです。

« 子どもが伸びない理由/昭和の家庭史トリビア?【第9問】マネキンとは? | トップページ | 81年前に生まれた「家族」のかたち »

教育」カテゴリの記事

昭和の家庭史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92794/45569888

この記事へのトラックバック一覧です: 忍耐力の限界ラインを持ち上げる使命感が必要:

« 子どもが伸びない理由/昭和の家庭史トリビア?【第9問】マネキンとは? | トップページ | 81年前に生まれた「家族」のかたち »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より
  • 目くばりをするということは、実際にそこに目を遏(とど)めなければならぬ。目には呪力がある。防禦の念力をこめてみた壁は破られにくく、武器もまた損壊しにくい。人にはふしぎな力がある。古代の人はそれをよく知っていた。が、現代人はそれを忘れている。
    「楽毅」第1巻より
  • 知恵というものは、おのれの意のままにならぬ現状をはげしく認識して生ずるものなのである。
    「楽毅」第1巻より
  • 会う人がちがえば、ちがう自己があらわれるということであろうか。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 静寂に染まりきれば、ふたたび起つことはない。生きるということは、起つ、ということだ。自然の静謐に異をとなえることだ。さわがしさを放つことだ。自分のさわがしさを嫌悪するようになれば、人は死ぬ。
    「楽毅」第四巻より
  • 人というものは、自分のやっていることをたれもみていないと思い込んでいるが、じつはたれかがみており、やがて賛同してくれる人があらわれる。
    「春秋の名君」より
  • 寵を受けても驕らず、驕っても高い位を望まず、低い地位にいながら怨まず、怨んでもおのれを抑えることのできる人は少ない
    「沈黙の王」より
  • 小さな信義が、きちんとはたされてこそ、それがつもりつもって、大きな信義を成り立たせる。それゆえに、明君は、小さな信義をおろそかにせず、つねに信義をつむように、心がけるものである
    「歴史の活力」より
  • 奥の深いことと、表現がむずかしいこととは、むしろ逆の関係にある。むずかしい表現のほうが、ぞんがい簡単なことをいっている場合が多く、やさしい表現のほうが、奥の深いことをいえる。
    「歴史の活力」より
  • 黄河の流れは悠久とやむことはない。河床もあがりつづけるのである。いくら堤防の高さをましてもらちのないことであった。
    「侠骨記」より
  • 人はおのれのままで在りたい。それは願望とはいえぬほどそこはかとないものでありながら、じつは最大の欲望である。人の世は、自分が自分であることをゆるさない。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 外をもって仕えている者は信用するに足りぬ。つまり男でも女でも内なる容姿というものがあり、その容姿のすぐれている者こそ、依恃(いじ)にあたいする。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 橘という木があります。この木が淮水の南に生ずれば、すなわち橘となります。ところが淮水の北に生ずれば、すなわち枳となります。葉は似ておりますが、実のあじわいはことなります。なにゆえにそうなるかと申しますと、水と土がちがうからです。そのように、その者は斉で生まれ育ったときは盗みをしなかったのに、楚にはいって盗みをしたのです。楚の水と土は、民に盗みをうまくさせようとするところがありませんか
    「晏子」(第四巻)より
  • 倹より奢に入るは易く、奢より倹に入るは難し
    「中国古典の言行録」より
  • 礼儀という熟語がある。礼とは万物を成り立たせている根元に人がどうかかわるかという哲理のことで、儀とは礼をどう表現するかというレトリックをいう。その二つが組み合わさって礼儀ということばが生まれた。
    「春秋の色」より
  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より