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昭和の家庭史トリビア?【第20問

 昭和の家庭史トリビア?【第20問】 

いよいよ時代は「15年戦争」のスタート時,満州事変が起こった昭和6年(1931年)の話です。
 この年の「流行語」の一つに,「生命線」も数えられています。

 さて,度重なる恐慌に襲われている日本ですが,いよいよ昭和も6年になると,時代は「暗く」なっていくのでしょうか。
 折りしも,と言うべきか,雑誌Will7月号別冊「歴史通」の特集は,「戦前真っ暗」のウソ・・・というものです。

 このような雑誌は手に取ろうとするとだけで「偏見の塊」のような目で見る人間がいますが,そこにどのような歴史の見方・考え方が述べられているにせよ,歴史の題材としてはユニークなものが多くて楽しめます。
 歴史の見方・考え方でおもしろいのは,「○○人にとっての歴史とは,こうであったらよかった,と思うもの」という「歴史」が存在することです。
 そのような見方に従って言うと,対日本については,「こうであってはならなかった,と思うもの」という歴史も含まれることになるわけです。

 ところで,中国との戦争について,政治思想家の橋川文三は,「日本人はあれを戦争を思っていたのか」という問いを投げかけていたそうです。
 この「昭和の家庭史」のクイズを解きながら,「これは本当に戦争の時代だったのか?」という疑問が起こることも「歴史の学び方」の一つでしょう。

 当然,戦争にかかわる内容もたくさんあるでしょうが,主に都市部の「昭和」,まちの普通の暮らしを題材に考えて生きたいと思います。

 問題です。
 東京航空輸送会社が,初のエアガール(客室乗務員)採用試験を実施しました。倍率はおよそ何倍だったでしょうか。
 ① 5倍
 ② 50倍
 ③ 500倍

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 【第19問の解答
 ②でした。「日月ボール」は,大正7年10月1日に,広島県呉市の江草濱次(えぐさはまじ)氏が考案・出願し,大正8年5月14日に実用新案として登録されたものだそうです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より