ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« よい教師と名ピッチャーの共通点 ふり返り366日【08/5/29-2】/日本は何大国だった? | トップページ | 昭和8年(1933年)に誕生したものは? »

世界を相手に戦えないのは? ふり返り366日【08/5/30】/昭和初期・音楽関係者の高給取りは?

 週刊ダイヤモンド7月25日号の特集は「子ども危機 この国で産み育てるリスク」。

 「富士山の位置を知らないゆとり世代教師の出現」という記事は,かげやまメソッドのかげやま副校長が編集者の質問に答えているものです。

 「ゆとり教育が残した負の遺産の処理はむしろこれから始まる」・・・教師の学力低下について,厳しい現状を報告しています。

 学習指導要領については,小学校のことしか知らないので,見当違いのコメントを繰り返していますが,今回も「小学校で○○を習っていない教師が・・・」という「学習指導要領=戦犯」論者らしい主張を披露しています。

 教師批判は大阪府教育委員になってから痛烈さを増し,
 

ほとんどの教師の言うことはだいたい決まっている。おカネ,人員が足りないという「不平」。それを理解しようとしないマスコミ,政治家,社会への「批判」。自分たちは一所懸命やっているという「言い訳」。ほぼ,この三つのことしか言わない。
 また,「理念」「理想」「言葉」が支配していたのがこれまでの教育界。だが,プロの教師たちは「事実」「実践」「数値」で自分たちのやっていることを語ろうとしており・・・

 以上のようなややチグハグ感もある行政的コメントをしています。

 大阪の教育がたとえば学力面で向上しなければ,やはり現場の教師のせいになるのでしょう。
 その根拠は,現場を見ればいくらでも見つかるので,決して「誤り」であるわけではありません。

 問題は,私のような現場のヒラ教師ではなく,副校長・教授・教育委員という肩書きを持っている人間が主張している,ということでしょうか。

 問題の教師を教育する側・雇用している側の責任が次に問われてくるわけです。
 大学教育委員会です。

 大学と教育委員会にも,「世界を相手には戦えない」現状があるのでしょうが・・・。

08/5/30 飛ぶ公立学校

 今の学校現場の問題について、人間(教師)を機械にたとえて考えますが、これは教師は機械のような存在であれ、という趣旨ではないことを、あらかじめお断りしておきます。
 公立学校は、一機の飛行機です。
 重量に耐えかねて、高度が落ちてきています。
 高度を上げるよう、管制塔から指示が来ていますが、
 機体が言うことをききません。
 管制塔からの指示に、機長は、「高度を上げたいと思っている」
 としか答えられません。
 視界が悪くなってきており、この高度で航行するのは危険です。
 上空を、大型の旅客機が通過しました。
 かなりの高度で飛んでいます。
 ジェット戦闘機まで飛んでいます。
 あっという間に見えなくなりました。
 不満に思った乗客が、機内で暴れ始めました。
 すると機体のあちこちが壊れ初め、さらに高度が落ちてきました。
 整備は十分に行われていたのでしょうか。 
 逆噴射するエンジンまであらわれました。
 機体はコントロール不能です。
 高度を上げるには、余分な荷物を捨てなければなりません。
 しかし、何が余分な荷物なのか判断できません。
 そのうち、機長が燃料を捨て始めました。
 ようやく機体は上昇し始め、雲の上にでましたが、
 まもなく燃料が切れました。
 飛行機は、風に流され、ゆっくりと高度を下げながらも、何とか
 飛び続けています。
 機体を持ち上げているのは上昇気流です。

*******************
昭和の家庭史トリビア?【第32問】 
 昭和7年(1932年)の話です。
 レコード吹き込み出演料が最も高かったのは,次の3人のうちのだれでしょうか。
 ① 寿々木米若(浪曲師)
 ② 淡谷のり子(流行歌手)
 ③ 北原白秋(作詞家)

*******************
ブログランキング 歴史
にほんブログ村 歴史ブログ 近代・現代史(日本史)へ

 【第31問の解答
 ①の「寄生虫」国でした。汚名返上のため,強制的に検便をさせるなど寄生虫予防施行規則が制定されました。この頃,70~80%の日本人が「寄生虫持ち」だったそうです。

« よい教師と名ピッチャーの共通点 ふり返り366日【08/5/29-2】/日本は何大国だった? | トップページ | 昭和8年(1933年)に誕生したものは? »

教育」カテゴリの記事

歴史学習」カテゴリの記事

昭和の家庭史」カテゴリの記事

「ゆとり教育」」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

« よい教師と名ピッチャーの共通点 ふり返り366日【08/5/29-2】/日本は何大国だった? | トップページ | 昭和8年(1933年)に誕生したものは? »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より