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親と教師の体罰

 文月さんへ
 いつも熱いコメントありがとうございます。
 ところで,子どもにとっての体罰に関しては,教師によるものとは別に,親によるもの,ひどい場合には虐待というわけですが,この問題についてはいかがお考えでしょうか。

 昔は,教師に学校で怒られた,なんて家でしゃべってしまったら,また親からも怒られる,そんな話もあったと思いますが,今は体罰を受けたらすぐに親に訴え,親が学校に訴えれば,すぐに「謝罪」は受けられる状況になっています。

 ところが,「親からの暴力」はなかなか学校の教師からはわからないものです。

 児童相談所からの連絡があるところまでいくと,相当ひどいことが予想されるわけですが・・・・。

 子どもにとって,それが「暴力」と認定され,親がどうかされてしまうことに不安を抱えるために,「隠す」行為が多いと思われます。

 今,教師による体罰よりも,親の虐待,暴力の問題の方が,根が深く深刻のような気がしています。

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 もちろん,教師の暴力が許されないのは言うまでもありませんが。

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教育」カテゴリの記事

コメント

おっしゃる通りで、暴力的な親の問題もありますね。
暴力的な親を生み出しているのが体罰教師(暴力教師)でもあると私は気づきました。
体罰教師(暴力教師)が新たな暴力的な人間を生み出しているわけで。
体罰教師(暴力教師)に教育された児童生徒たちの中で、人権意識や正義感の低い者たちが、
将来に、体罰教師(暴力教師)やしつけと称する虐待をするような暴力的な親になっていくと思っています。
いわゆる暴力の連鎖というものです。
将来に、暴力的な親の出現を予防する対策として、
体罰教師(暴力教師)を根絶すること(追放すること)が大切だと考えています。
体罰教師(暴力教師)がいなくなれば、新たな暴力的な親の出現も少なくなると思います。
他にも子育て支援など、いろいろと対策は必要でしょうね。
kurazohさんの記事を拝見し、新たな気づきを得ることができました。感謝です。
新たな気づきを含め「日本を内部から破壊する者たち」の記事にまとめましたので、
もし良ければご覧くださいませ。こちらです。
http://sharow.seesaa.net/article/122404351.html

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
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    「楽毅」第二巻より