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無法空間から中学に入れば,不適応を起こすのは当然のこと

 「評価や目標をすべてなくしたら新しい授業や学びの豊かな地平が広がってくるような気がする」というわけのわからない教育論?を展開する「学校やその他の場で小・中・高・大学生を教えてきた経験」者の方に,「理想は常識人」さんが批判を加えているのですが,私と同じようにこの方も「やり取りはこのぐらいにさせていただきます」という扱いを受ける結果になりました。

 私が批判したときと同じで,矛盾をつかれると

>「評価」に対する視点の位置が異なっている

という逃れ方をするあたり,政治家向きの教育者でいらっしゃるようです。

 「理想は常識人」さんに対するコメントの中で,

>「評価」が疎外している沃野がある可能性があるのではないかということを言っています

と述べていますが,疎外状態から救う方法としての「評価」という,より高い視点を想定することなく,ただ「評価」が疎外している沃野がある可能性があるから「評価」をなくす・・・こういう主張は「理想は常識人」さんの「評価規準を超えてしまっている」と表現できるのでしょうか?

 目の前の子ども,実際に現場に子どもを預けている保護者の願いを全く考慮に入れない,いわゆる壁の厚い「私共空間」の住人らしい態度が,教育界への不信をどんどん高めてしまうことに,危惧を覚えています。

 目標があって,それを実現するための指導計画があって,指導があって,その指導によってどれだけ目標に近づけたか,どれだけ目標を達成できたかという評価があって,その評価をもとに指導を改善したり,再指導したり,目標の重点や計画を見直したり,そういうことに心を砕かなければならない学校から「目標や評価をなくせ」というのは,どういう主張なのでしょうか。

 私が受け持った子どもの中に,小学校時代,他の教科の学習をつぶして百人一首で遊んでばかりいた学級の子どもたち,新聞づくりばかりやっていた学級の子どもたちがいました。

 「一芸」でもいいのですが,基礎学力に大きな問題を抱えていた子どもが多かったことは,容易に想像されることでしょう。

 まじめに仕事をしていた小学校の教師は,週案のチェックを毎週受けなければならないことに,不満を覚えていらっしゃるでしょうが,たとえ週案を提出しても,全くそれを守ろうとしない教師の存在を考えると,いかに「やりたい放題」がやりやすい職場かがわかるでしょう。

 そういう学級の子どもが,「やりたい放題」できない中学校に入って不適応を起こすのは,残念ながら当然の成り行きです。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より