学校教育への期待を回復するまでの道のり ふり返り366日【08/5/20】
教師が偉そうな主張をしにくいのは,自分が「ベスト」の成果をあげているわけではないことが,自分にも他人にもよくわかっているからです。
ただ,満足度の感知力は人によって程度が違いますから,低いレベルでも大満足してしまう人もいれば,かなりの高レベルでも満足できない人もおり,傍目から見るとおかしな光景に出会うこともあるのです。
日本の小学校のカリキュラムは,基本的に子どもの能力が十分に生かされないような内容であり,一方の中学校では,能力が十分に及ばない子どもが増える内容で,結果として有名な「7・5・3」というたとえが使われるわけです。
能力があまっている小学校では,いわゆる「手持ち無沙汰」の状況が長い時間になり,これが中学校では,理解できないための「手持ち無沙汰」に変わるだけで,「学ぶ喜び」をほとんど感じられないまま大人になる子どもがこれまでどれだけいたことでしょう。
教育政策の現場に立ってみると,学校の学習に対する期待の低さが,政策に対する期待や関心の低さに直結しているように感じられます。
この状況を変えるには,時間はかかりますが,学校の学習を充実させる以外に方法はありません。
今の親が経験していなくて,子どもが取り組んでいる代表的なものに全国的な学力調査があります。
自治体ごとに取り組んでいる例もありますが,政治家の面子が変われば,一瞬で過去についていた予算はゼロになることもあります。
そのときに備えて,今できることをやることが大切でしょう。
注目は,子どもが負担している「教材費」です。
税金以外の負担部分で学力向上の助けになるものをだれがどのように提供するか。そこに学校がどのようにかかわるか。
一つの学校の取り組みが,全国的な政策にかわることが今までもありました。
そういう「期待」のできる学校が生まれることを「期待」したいと思います。
08/5/20 再びの「子ども第一主義」批判立場を変えることで成り立たなくなる主張というのが、教育の世界にはいくつもあります。
たとえば行政から、教師たちに対して、「教師というものの本質は、忘己利他にある。自分のことは後にして、子どものために尽くせ」と言ってきたとしたら、「はい。その通りです」と答えられますか?「言われなくてもわかっています」と答えますか?
その後、だから、子どものためによりよい学校づくりを近隣の学校通しで競い合い、その学校なりの長所をアピールしてくださいと言われたらどうしますか?全教師が「忘己利他」でやっていますと宣言できますか?中学校受験の過酷な競争に勝つことを望んでいる子どもに、「もっと中身の濃い授業をお願いします」と強く頼まれたら、「いや、君は僕の尽くす相手ではない。そんな競争に勝つための勉強は教えられない」と突っぱねますか。それとも、「忘己利他」の精神に基づいて子どもの要求通りに授業を変えますか?
「子どものためにやってるんだ」という言葉を使う教師に散々悩まされてきた経験のある私には、「忘己利他」を掲げている教師にどうしても信頼感を持てません(これは私の身近にいた教師に限ってのことです)。
「子どものため」と言いながら、どう考えても自分の都合のいいことを言っているのにしか聞こえないことが多すぎました。それが指す子どもとはだれか、あてはまらない子どもはだれか、子どもの何のためにやっているのか、・・・などを追及してたどり着くところは結局「こうあるべき」と思いこんでいる教師自身のためであって、利己主義以外の何ものでもない。
子どもに競争の意義も問題点も学ばせる必要がある教師自身が、過去にやってこなかったから、という理由で競争を拒絶するのは、自分をかばっているようにしか聞こえないのです。
「忘己利他」の理念が大事であり、利己主義の教師が増えているのならば、「忘己利他」の精神を教師が競い合うことが必要になったとも言えるのではないでしょうか。
まず、現実の問題から解決していくことが教師には求められています。
(本来は理解力がある)生徒が「授業が分からない」と言ってきたら、子どものために「分かるような授業をする」「指導力を向上させるために努力する」のが教師としての義務であり、いつまでたっても改善されなければその教師が放置されることは許されないのです。
それが放置される原理が教育現場にあるとしたら、学校は断じて「子どものためにある」場ではありません。
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