教師や学校への「信用」の重み ふり返り366日【08/5/19-2】
人間や組織の「信用」というのは,単純にはかることができるものではありません。
どんなに失敗を重ねても「信用」だけは失わない人もいれば,ありとあらゆる成功をおさめてきて,大きな成果を残している人が,1回のミスですべてを失い,周囲の人の生活まで危機に陥れてしまうこともある・・・。
人間が生まれてきて一番最初に「信用」する相手は,親でしょう。
その次は,親が「信用」しているということがわかる人,たとえば祖父母でしょうか。
「信用」していることを意識しないでも,「信用」がなければ任せられない仕事をしている人,たとえばバスや電車の運転手,お医者さんや歯医者さん,床屋さん・・・小学校に入れば,農家の人,工場ではたらいている人,そのほかにもたくさんの人の仕事に支えられて現在の生存が成り立っていることを子どもは知ります。
不幸にも,「信用してはいけない」ことを早い時期に知ることになる対象も,親でしょう。
新聞やTVのニュースにふれれば,世の中には「信用できない人」であふれていることに不安をもつようになる子どももいます。しかし,その子の成長にとって一番大きな打撃は,「親」が「信用できない」という事実でしょう。
「親」に比べて,学校の「教師」の重さは,どのくらい違うのでしょうか。
08/5/19 100-1=0日経ビジネス5月19日号「有訓無訓」で紹介されている帝国ホテル会長の「どんな大きな組織でも一人ひとりの人間の力で支えられている」という話は、教育現場、学校でもそのままあてはまります。
「100-1=0」という帝国ホテルの教訓は、サービス業という環境がいかに厳しいものであるかを物語っています。
一人の失敗が、積み上げてきた信頼をゼロにしてしまう(信頼を失うことを集団で行動している人たちもいるようですが)。
学校の場合は、たとえゼロになっても短期間で以前の数字に復帰することが可能な場合もあれば、子ども一人一人の心の問題として考えると、ゼロはおろかマイナスに転じて再びプラスに戻ることがなくなる場合もあります。
ホテル業界も「ブランド」でない教育現場も、高いレベルのサービスが期待されているがこそ、失敗のときの評価(批判)は厳しいものになる。
「どうせだめな公立学校」という観念が定着して、「期待する方がバカ」という時代が来ないことを祈っています。
しかし、そういう趣旨のタイトルの本は売れているようですが・・・。
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コメント
しんけんれっどさん,コメントありがとうございました。お礼が遅くなって申し訳ございません。
基本的な信頼感を人間にもってくれている生徒は,教師を無条件に信用してくれています。
ただ,私が小学生のころは,PTA活動をしていた親からの情報で,信用できない教師たちが多いことを知っていました。ただでさえ荒れがすさまじかった学校で,それを抑えてくれない教師に頼りなさ,ふがいなさ,物足りなさを感じていました。自分がその立場になって改めてその大変さに気付かされたわけですが,学校を建て直したとき,一番最初に感じたのは親の目の変化でした。それがなければ学校正常化は果たせなかったかもしれません。
投稿: kurazoh | 2009/06/25 23:32
こんにちは
信用を築く、なくしてしまう。
いろいろな観点から考えさせていただけました。
教職にあるものとしては、唯一の武器が信用。どんなにいいことを言っても、正しいことを諭しても、信用がなければ誰も耳を貸しません。深く考えさせられました。
投稿: しんけんれっど | 2009/06/24 07:00