ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 相性の良し悪しから長所・欠点が分析できるか? | トップページ | 機能を果たしていない「ユニフォーム」 ふり返り366日【08/5/1-2】 »

野村監督のような校長は存在する?

[野村監督] ブログ村キーワード

 野村監督率いるチームを「野村再生工場」と最初に呼んだのはだれなのか,本を読んでいないので知らないのですが,選手は「工業製品」ではないのでちょっと抵抗があります。

 しかし,成功を手にした選手にとって,その「工場」で働くことには,かなりの意義があるでしょう。

 何が「再生」のきっかけになったのでしょうか。
 
 ミーティングや現場で選手を野村監督が直接指導する場面もあるかとは思いますが,基本的にはコーチとかトレーナーとか,選手を取り巻く環境が実力UPや実力の復活を可能にしているのだと考えられます。

 話を学校に移しますが,教育現場というところは,「引退」したくてもできない教師,「引退」させたくてもできない教師,昔は力を発揮していたはずなのに,いつまでたっても覇気がなく,成長できない教師など,もし「再生工場」があるのなら,そこへの派遣を希望する人もいるだろうという世界です。

 ただ,そこの工場長=校長コーチやトレーナー役の副校長や同僚などで,本当に「再生」が実現できる人は,どのくらいいるのでしょうか。

 そもそも,教師の「再生」は可能なのでしょうか。

 「教師は子どもに育てられるもの」と言った人がいました。
 
 野球選手にたとえれば,「プロ選手はファンに育てられるもの」に近いのでしょうか?

 今,教師としての成長が実感できていない教師は,まさか子どものせいにすることはないと思いますが,プロの選手が「ファンに喜んでもらうため」と考えるのと同じように,「子どもに喜んでもらるため」に日常的な努力を行っているでしょうか。

 職業人としての「厳しさ」については,プロ野球選手と学校の教師とでは,いろいろな意味で全く比較にならないという批判もあるでしょうが,職業に対する「自覚」という面では教師も野球選手に負けたくないものです。

 野村監督の,他の監督にはない「監督らしさ」とは,このような職業人としての厳しさを最も強く選手に要求する面にあると考えています。
 公立学校の校長で,帰宅後,公に向かってぼやいている人はいないかもしれませんが,どこか真似ができるところはないでしょうか。

にほんブログ村 野球ブログへ
にほんブログ村

« 相性の良し悪しから長所・欠点が分析できるか? | トップページ | 機能を果たしていない「ユニフォーム」 ふり返り366日【08/5/1-2】 »

教育」カテゴリの記事

野球」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 野村監督のような校長は存在する?:

« 相性の良し悪しから長所・欠点が分析できるか? | トップページ | 機能を果たしていない「ユニフォーム」 ふり返り366日【08/5/1-2】 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より