ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 教委制度改革への追い風と足枷 ふり返り366日【08/5/3-3】 | トップページ | 野村監督のような校長は存在する? »

相性の良し悪しから長所・欠点が分析できるか?

 プロ野球の世界では,チームとチーム,打者と投手の相性の良し悪しというのがよく話題になります。同じチーム内でも,だれだれが投げる時は点が入りにくい,なんていやなジンクスまであります。

 「お得意様」とか,昔は貯金(勝数-敗数)が稼げるので「○○銀行」と呼ばれるチームもありました。

 対戦成績というデータに基づいて,首脳陣が判断している印象というものもあるでしょうし,たとえば投手自身,打者自身が認識している場合というのもあるでしょう。

 短い期間でも,巨人の内海は,阪神の金本からよく打たれているという印象があります。

 配球が読まれやすいキャッチャーのリードという影響があるかもしれませんが,何でもない場面でたくさん打ちとっているのに,大事な場面で打たれると,「打たれている」という印象が強まるのが「観戦者」から見た印象です。

 あまりそういう研究やデータを聞いたことがないのですが,ときどき,「特異」なケースというのがあります。

 左投手を苦手にしているはず打者が,ある左投手からだけはヒットをたくさん打っているとか・・・。

 こういうケースを分析していくと,ピッチャーの欠点とか,バッターの特徴がデータとして取り出せないでしょうか。

 それはバッターを研究するピッチャーの側で言うと,逆にそのバッターを打ちとるヒントが得られる可能性があるのではないかとも考えられます。

 どの選手か監督だったか,「負けること」「打たれること」を多く経験したおかげで,それが今の成功をもたらすきっかけとなる「有力な情報」を発見する鍵になったと・・・。

 野村監督が最初に言ったわけではないと思いますが,「負けるときは必然」「勝つときは偶然」という言葉には,印象の世界での確率的にはなるほどとうなずける面はあっても,「計算して勝っていく」ことを実践しているチームにとっては,やはりデータの分析力というのが問われてくることでしょう。

 人によっては,「考えてやっている野球」よりも,「本気でがむしゃらにやっている野球」の方がおもしろい,という見方をされることもあるのでしょうが,当事者たちは練習はがむしゃらにやっていても,本番となると考えざるを得ない,そんなものなのでしょう。

 教育の世界でも,知識だけ豊富に身に付けていても,「基礎体力」がなければ現場では使い物にならないわけです。本物の体力はもちろん,「知的筋力強化」も重要な練習メニューに入ります。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
にほんブログ村

にほんブログ村 野球ブログへ
にほんブログ村

« 教委制度改革への追い風と足枷 ふり返り366日【08/5/3-3】 | トップページ | 野村監督のような校長は存在する? »

野球」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 相性の良し悪しから長所・欠点が分析できるか?:

« 教委制度改革への追い風と足枷 ふり返り366日【08/5/3-3】 | トップページ | 野村監督のような校長は存在する? »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より