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簡単にできる「血のにじむ」努力

[教師] ブログ村キーワード

 「血のにじむ」努力は簡単にできますが,「血のにじむような」努力はだれでもできるものではありません。

 野球では,バットをたくさん振り込むと,手のひらにマメができ,それが破れて血が出ます。

 「よくない握り方,振り方をしているからそうなるのだ」と言われます(イチローの手のひらはきれいであることはよく知られています)が,「よい振り方」「よい握り方」を探るためには,コーチからのアドバイスだけではだめで,たくさん振らなければなりません。

 振り込みといっても,1000回も振らないうちに,マメができ,血が出ることがあります。

 文字通りのままでいうと,これは「血のにじむ」努力をしているように思えてしまいますが,このような行動は「血のにじむような」努力とは言わないわけです。

 「一生懸命な姿がいちばん美しい」とは野村監督の言葉ですが,そういう言葉をかけることができるのは,努力を見ている側で,努力をしている側が口に出すことではありません

 教育界は,「仕事がたいへんだ」「苦労ばかりだ」とPRするのが得意です。

 特に変化に対応できない人たちは,「変化は必要ない」と訴えたがり,「不易と流行」を全く考えずに「今までどおり」のことを繰り返そうとします。

 「今までどおり」のどこが問題であるかはまた改めて記事にしていこうと思いますが,教師たちには「血のにじむ」努力ではなくて,「血のにじむような努力」が求められていることを忘れずに,特に自らに発破をかけるようなつもりでいこうと思います。 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より