一教師の「待ちの姿勢」を学校が「待ちの姿勢」で見られる限界 ふり返り366日【08/4/29-2】
中学校では,学年やクラスによって,その雰囲気,「カラー」というのものが大きく異なっている場合があります。
おそらくそういう現象の原因を「まじめ」に研究したことがある人は少ないでしょう。
そもそも「異なる」ことを認めないことが「正しい指導」に結びつくという信仰がある学校では,研究課題設定時点でブーイングがおこるかもしれません。
あるいは,その原因が「担任による学級経営のあり方」にあるのではないかという「空気」がある学校では,「つるし上げ」になる可能性があるので,これも「遠慮しろ」というプレッシャーがかけられるパターンです。
ただ,このような「学年や学級による違い」があるとして,「よくない学年・学級」と言えるところに所属している生徒にとって,「改善するきっかけ」「改善策」はどういうところに見出したらよいのでしょう。
昔,担任が問題行動をその場で見ていても全く「注意しない」「指導しない」態度をとっていた学級があって,そのために学級の会や帰りの会などが収集がつかない状態で,あまりの混乱を見かねて隣のクラスの担任が指導しに入ってくるというケースがありました。
授業中の態度も学年の中で最も落ち着きがなく,成績も不振になり,学年で状況を検討せずにはいられないところまで来てしまったのは,担任の「待ちの姿勢」に学年が「待ちの姿勢」でいられる限界を超えたからです。
それ以後,他のクラスの担任の顔色や気配を感じ取るようになってからは,授業の態度はましになったのですが,今度は「生気を失った重苦しい雰囲気」が学級を覆うようになりました。
学校の中で,数少ない「楽しみ」を奪われてしまって「望みを失った」かのような「子ども」があふれているクラスでした。
「子どもと担任」の相性という話が,中学校で聞かれることがありますが,これがほとんどの時間を一緒に過ごさなければならない小学校の担任と子どもとの関係だったらどんなことが課題になりそうでしょうか・・・。
小学校にしろ,中学校にしろ,子どもが学級担任,教科担任を選べないというのは当然ではありますが,だからこそ,教師がどうあるべきかを学年・学校単位でしっかり考えておかなければなりません。
今までの学校では,子どもが所属する学級は,少なくとも一年間は固定でした。
もし小学校で,学期ごとに学級が変わる(担任が変わる)という仕組みが現われたら,どんなメリット・デメリットがあるでしょうか。
中学校ではどうでしょうか。
・・・何ていう問題が「教員免許更新講習」の論文で出たらどうでしょう・・・。
08/4/29 社会科教師の逆コンピテンシー特集 ~免許更新講習修了認定の試験対策~教員免許状更新講習の内容として、現在のところ、次の2つが示されています。
①教育の最新事情に関する事項・・・「教職についての省察」「子どもの変化についての理解」「教育政策の動向についての理解」「学校の内外での連携協力についての理解」で12時間以上。
②教科指導、生徒指導その他教育内容の充実に関する事項・・・各教科の指導法やその背景となる専門的内容、生徒指導など、幼児・児童・生徒に対する指導に係る各論的な内容で18時間以上。
関心のある先生方が知りたいのは、「試験はどんな問題が出るのか?」ということです。
開設者が作成して実施し、「文部科学大臣が告示する到達目標に掲げる内容について最低限の理解が得られていると認められる場合」に、講習の修了認定がおりることになっています。
そもそもこの制度は、不適格教員の排除を目的とするようなイメージが強かったのですが、現在では、「最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すもの」ということになりました。
この目的は何を語っているかというと、教師の中に、「自信や誇りを持たずに(持てずに)教壇に立っている者がいる」「社会の尊敬と信頼が得られていない者がいる」ことに他ならないわけですが、文部科学省はそうは言えません。
しかし、文科省が示す「最低限」程度の知識・技能があれば、社会の尊敬と信頼が得られるのか?・・・と単純に思ってしまいますね。
講習を受けることによって、ますます自信や誇りをなくす教員が増えないことを祈るばかりです。
これから連続して、教師が自信をなくす可能性が高い「逆コンピテンシー」特集を組もうと思います。
想定は社会科教師ですが、モデルとしてある程度の汎用性はあると思います。
逆コンピテンシーを解消し、理想に近づける方策は何なのか・・・・これが私が想定する試験問題です。
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