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T大学附属「育鳳学園」開校!(フィクションです)

 

最初にお断りしておきますが,以下の話はフィクションです。

 このたび,省庁再編で誕生した教育省の「社会改革プログラム」に応募した結果,パブリックガーデン=「新しいタイプの総合公共施設」内に特別教育区指定を受けた「育鳳学園」(仮称)が誕生することが決定いたしましたのでお知らせします。

 発足時の教師及び生徒は,T大やT大附属学校から希望者を募って決定いたしました。

 来年度からの入学者選抜については,いずれ詳細を公開いたします。

 教育省の「社会改革プログラム」の詳細については,ここでは省略いたしますが,パブリックガーデン=「新しいタイプの総合公共施設」の概要をご紹介します。

 パブリックガーデン内の主要な施設は,
 1階部分に保健室及び併設している診療所,保育施設と高齢者及び障害者の福祉施設,食堂・給食用施設があり,
 2階に図書館と教員の研究用の資料室,会議室,各教科の研究室,
 3~5階が「育鳳学園」の各教室,教科の特別教室,生徒用のロッカールーム,
 6階がセミナーやサークル活動用の会議室,歴史と民俗の郷土資料館となっています。

 別棟に,体育館とプール,天然温泉の公衆浴場,大講堂があります。

中庭は文字通りの「公園」になっており,研究・学習用の「植物園」「農園」もあります。

 ICT環境が整備された育鳳学園の各教室・特別教室は,毎週水曜日,連携して研究する附属小学校及び希望する公立学校に開放し,使用を認めることになっています。

 そのため,育鳳学園の生徒は,水曜日は自宅学習になりますが,パブリックガーデン内の各施設で職業体験や実習も行います。年間で行わなければいけない時間が決まっています。

 土曜日は午前中に授業があることと,いわゆる「夏休み」が1週間しかないことが大きな特色でもあります。

 「春休み」と「冬休み」は2週間で,二期制のため,「秋休み」も1週間あります。

 毎週,必ずどこかのクラスで,日曜日に公開研究授業が実施されます。

 運動会や文化祭,合唱コンクールなどの学校行事は,すべて土曜日または日曜日に実施されます。

 入学した生徒には,一人一台の携帯端末(リース)が貸与されます。

 登校時間,下校時間,出席した授業等は,すべてこの端末に内蔵されている機器で記録され,希望するご家庭には,メール等で学校到着や下校等をお知らせします。

 学校からのお知らせ等はすべて端末にデータとして送信しますが,ご家庭宛のメールに添付することも可能です。

 生徒会の組織,教育方針やカリキュラム等は,T大附属学校のものを引き継ぎますが,学校経営に関する研究もあわせてスタートいたしますので,年度内に幾度となく変更される場合も考えられます。
 内容につきましては,学校HPでも公開いたしますので,ご注意ください。

 給食がありますが,お弁当を持参してもかまいません。

 お弁当は機械によって栄養やカロリーが分析され,その内容は携帯端末にお送りします。

 食堂は,午後6時~7時に限り,生徒でも利用できます。

 放課後の各教室は,育鳳学園が策定した「補充・発展学習プラン」に沿った指導が実践できる塾・予備校等の授業の開講を認めています。各自が希望する塾・予備校等の講習を有料で受けることができます。なお,この塾・予備校等は,地域の公立学校の生徒でも受講することができます。
 時間は午後9時までです。

 月・火・木・金は,図書館で午後9時まで学習ができます。

 図書館は一般の方のコーナーと生徒向けのコーナーが別になっており,生徒向けのコーナーには個別指導用のブースがあります。
 上記の4日間は,T大学の教員養成課程で学んでいる学生がアドバイザリースタッフとして派遣されているので,自由に質問をすることができます。

 水・土・日の夜は,生徒用の図書館の開放はありません。塾もありません。必ず家庭で過ごすようにしてください。

 まもなく新年度が始まります。(この内容はすべてフィクションです)

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より