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こころの時代 ふり返り366日【08/4/6-3】

 「十牛図」に関しては,NHK教育テレビの「こころの時代」で放映された「十牛図を読む」(上田閑照・京都大学名誉教授)が紹介されているHPでも,ある程度知ることができます。

 たまたま見つけたHPで,「ラジオ深夜便・こころの時代」が冊子になって売られているのも初めて知りました。

 何歳くらいになったら,こういう冊子をゆったりと読めるようになるのか,・・・今でも時間さえあれば読んでみたいテーマがたくさんありました。

08/4/6 禅の心と教育現場

 牧人(=真の自分を追い求める自分)と牛(=真の自分)とを登場させて人生を考えさせる「十牛図」は、中国の北宋時代の僧の創案といわれています。

 横山紘一著「十牛図入門」幻冬舎新書は、書名どおり簡単な解説書です。

 苦しみに満ちた教師としての一生はこの十牛図によってどのように救われるでしょうか。

 著書で整理されている「自分探しの旅」とは以下のようなものです。
自分とは何かと追求・探究する情熱を学ぶ(第一図「尋牛(じんぎゅう)」・第二図「見跡(けんせき)」)
「偽りの自分」が次第に薄れて、「新しい自分」「真の自分」がますますはっきりとあらわれてくる喜びを学ぶ(第三図「見牛(けんぎゅう)」・第四図「得牛(とくぎゅう)」)
自分を励まし、社会の中で他者のために生きる意義を学ぶ(第五図「牧牛(ぼくぎゅう)」)
自分の中に、もうこれで大丈夫だと満足するものがあることを学ぶ(第六図「騎牛帰家(きぎゅうきけ)」)
自分の死への恐怖をなくすことができることを学ぶ(第七図「忘牛存人(ぼうぎゅうそんにん」)
自分を空じきった心境の素晴らしさを学ぶ(第八図「人牛倶忘(にんぎゅうくぼう)」)
自分と他者とを平等視して、他者の幸福のために生きることの素晴らしさを学ぶ(第九図「返本還源(へんぽんげんげん)」・第十図「入廛垂手(にってんすいしゅ)」)
 著者は「自己究明」「生死解決」「他者救済」の三つを「十牛図」から学べることとしていますが、「静かに考える心」としての禅を帰りの会(学活・終礼)の冒頭で実践している立場から、少し考えていきたいと思います。
 「他者救済」に行き着く人間の精神は、統治者からすると都合がよいものなので、日本の教育現場ではけっして定着させることができないものでしょうが、夢は捨てないでいこうと思います。

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教育」カテゴリの記事

コメント

( ´艸`)プププ
暗象は「偽りの自分」に固執しすぎ。(^o^)

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より