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「家族」についての作文 ふり返り366日【08/3/23】

 小学生のころ,父親が趣味にしていることについて作文にしたところ,それが文集として公開され,後で大目玉をくらったことがありました。

 自由に何でも書かせるのが「表現力を育てる」という目的を達成する手段になるのはわかりますが,それを公開するとなると,全く別の問題が出てきます。

 以前にも書いたことですが,家族の人間関係に関すること,たとえば,今の自分の父親は実の父親ではなく,上の兄や姉の父親も別の人である。その父親たちとはまた別の男性と,母親が今度再婚することになった・・・などを「家族」というタイトルの作文で子どもが書いたとき,これを文集に載せるような担任は,私が今住んでいる地域にはまずいないと思いますが,日本は広いところで,そういうことに無頓着ですませられる地域もあるようです。

 ですからそういう地域出身の人が教師になったときには,あたりまえのように文集に載せてしまうわけです。

 おそらく,これこれこういう内容が書かれたものは公開しないとか,公開する場合はこれこれこういう部分は書き直させるとか,編集するとか,そういう「ガイドライン」「マニュアル」のようなものは存在しないでしょう。

 そういうものが必要になる時代というのも情けないものですが・・・。

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08/3/23 読んでも気づかない担任?

 小学校の子どもが持ち帰ってきた文集を読むと、スリル満点の内容で満載でした。

 この子が作文で書いたこのことは、いじめではないか。

 この子は、家で虐待を受けているのではないか。

 印刷しているのは担任でしょうから、問題にはならないはずの内容でしょうが、ここまでの実態は作文を読むまでは知らなかった、という親が多いはずで、なかなかの代物です。

 卒業文集などには入念なチェックが入るはずの学校関係の出版物ですが、学年や学級単位のものにはときどききわどいものが混じってきます

 あるいは、子どもの教育の責任は親がとるものだから、この作文を読んでわかったことをふまえ、それなりの対応をしてください、という学校側からのメッセージなのか。

 作文集には、できれば担任や学年主任、校長のコメントなどがついていると安心します

 「何も知らないのは担任だけ」
 「作文を読んでも気づかない(ふり?の)担任」
 「何も知らないのは本人の親だけ」
 「作文はおろか学校だよりも読まない保護者」

 いろんなことに気づかされるきっかけづくりになるのはたしかです。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より