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線をまたぐ「切り替えのスイッチ」

 ディズニー・ワールドには,5時間かけてその「舞台裏」を体験できるツアーがあるそうですね。

 それを体験したレポーターが,「黄色い線」の話をしていました。

 その線をまたいだ瞬間から,従業員は完全にキャラクターになりきる

 切り替えのスイッチの一つなのでしょう。

 ここでは,「黄色」というカラーも一つの鍵になっている気がします。

 信号の色にしろ,電車のホームの点字ブロックにしろ,マクドナルドの看板にしろ,黄色には注意を引き付ける効果があります。

 学校にも,このような危険な箇所であることを示すためのラインや,このラインから先はおしゃべり禁止,とか,勉強に集中,とか,そういうものがあってもいいかもしれませんね。

 天窓のまわりに黄色い線があるのとないのとでは,教師の意識も子どもの意識も変わっていたでしょう。

 個人的には,(野球の)グラウンドに入る,アスファルトと土の境目や,一塁と三塁のラインなどが,「切り替え」のための線になります。

 礼儀作法として,「踏んではいけない」ものに「敷居」がありますが,「またぐもの」として,ただの「」ではなく,このような役割を果たすものもあります。

 一方,「線引き」をしないで「あいまいなまま」であることを受け入れるような文化もあり,「」と日本人には調べていくとまだまだたくさんの「」があるのかもしれません。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より