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知の筋肉を強化する新学習指導要領

 よくスポーツ選手は,「脳みそまで筋肉でできている」と自称(自傷?)したり他者からからかわれたりしますが,能力開発,知の技能UPをするという意味で,「知の筋力強化」「知の筋肉をつける」という表現はわりあいしっくりくるような気がします。

 今までの教育は,心の筋肉をつけることには比較的力を入れてきたように思いますが,「知の筋肉」については,それを育てているという実感自体がなかったように感じています。
 
 心の筋肉は,自分自身や友達などとの葛藤を通じて,ときに乳酸がたまって疲労を感じたり,激しい運動で痛みを覚えることはあっても,決して切れることはなく,だんだんと太くなっていく,そのように「育つ」イメージはありました。

 ただ,葛藤を避けたり,みんながみんな他人の顔色ばかりうかがっていると,摩擦はなく痛みも感じない代わりに,筋力はつかないか衰えていくように思えてきます。

 トレーニング→休息→トレーニングというサイクルを,自分でコントロールできるような子どもは,どんどんたくましくなっていき,そのコントロールができない子どもが,疲れすぎて動けなくなったり,筋力がつかないで重さへの抵抗力が不足してしまったりするのでしょう。

 このようなたとえを,「知の筋肉」にあてはめてみるとどんなことが言えるのでしょうか。

 そもそも,「筋肉」自体には「感情」はないのでしょう。「心の筋肉」でも,「筋肉」が「」を強くすることはあっても,あらかじめ強い「心」はない。
 
 「」が安定して強そうに見えるのは,周りの手厚い保護があっての賜物で,一歩その保護圏から足を踏み出すと,とたんに不安定になってしまう
 栄養が行き届いている体でも,自ら動かないと,筋肉は成長しません。

 「知の筋肉」と言ったときにも,イメージとしては,遺伝でもとから優秀な「知」はない

 「筋肉」を効果的に動かすことによって,「知的」になっていく。

 ここで今までの「学習」の問題点を挙げるとすると,この知の筋肉の強化がおろそかだった。

 「筋肉」への栄養分ばかり補給しようとしていて,肝心の運動が欠けていた

 中には必要のない脂肪ばかりが筋肉を圧迫し,動くこともままならない,そんな子どもまで登場しました。
 
 昔から言う「頭でっかち」というのは,知的筋肉質ではなく,ただの脂肪太り知的肥満体であることを指しているのです。
 
 「活用と探究」という新学習指導要領のテーマを,「知の筋力強化」というイメージでとらえてみたらいかがでしょう。

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    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
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