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授業におけるWBC「イチロー効果」

 イチローの先頭打者ヒットから、日本が一気にペースをつかんだWBC対韓国戦(現在、5回表のイチロー第四打席)。

 5打数ノーヒット、打率ゼロだった選手が、3連打で打率3割7分5厘

 短期決戦では、打率4割程度では、「いつも打っている」という実感がでてこないものです。

 イチローや2試合連続ホームランの村田に大きな注目が集まりやすい「人気と実力」の世界ですが、実は今日のゲームの中では2番打者の中島、6番打者の内川の仕事というのが非常に意味があるように思います。

 ただ、その中島や内川の仕事も、イチローが口火を切って作り出した「流れ」の中で、目立たないものになってしまうのは仕方がないでしょう。

 野球に限りませんが、ゲームが動くきっかけ、「流れを呼び込む」とか、「流れを変える」と表現されるキーになる選手、プレーというものがあります。

 すばらしい選手をそろえて試合に備えるように、授業でも、非常に練られた教材を用意して臨めることが理想ですが、どんなにいい教材でも、大切な「きっかけ」がないと、うまく盛り上がらなかったり、教材を生かしきることができなくなる場合があります。

 先日、ある授業が終わった後に、「楽しかったけど、1時間目からやるにはきつかったですね」という感想を寄せてくれた生徒がいました。

 「もっと頭が冴えていれば、より盛り上げられたのに・・・

 そういう実感があったのでしょう。

 確かに、50分の授業時間で、実質40分弱の「討論中心」の学習だったので、徐々に回転は速くなってきたとはいえ、暖まってきたと思ったら終わってしまった、そういう印象が強かったかもしれません。

 このような場合には、貴重な40分のわずかな時間をさいてでも、他の時間帯とは異なる刺激や追加の教材が必要だったかもしれません。

 授業は生き物であり、よい「流れ」を生むための技術も磨いていかなければならないことを再確認しました。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より