事故対応で問われる学校の組織力 ふり返り366日【08/2/11-3】
普段は反発してばかりいて、聞く耳を持たないのに、非常時だけその動きに頼ろうとする。
これは、親に反抗的な子どもの話ではなく、管理職に反抗的な教師の話です。
フラット型組織の最大の問題は、責任の所在が不明確で、かつ、だれも責任をとろうとしない場合があることです。(主幹制度後は、主幹に責任をおしつけるというケースが増えているそうですが・・・)
危機的な状況、非常事態になったときに、教師一人一人がどのような対応がとれるのか、ということは、経営者としての管理職が責任を負うべき性質のものですが、たとえば警察からお迎えの依頼があったときどうするかなど、ごくごく基本的な対応の仕方も練られていないような組織には、組織というかたちすら見えてきません。
非常時に、すべて校長や副校長が対応にあたる、それが「責任」の取り方ではありません。
保護者対応やマスコミ対応のため、窓口を一本化するなど、テクニカルな部分は当然として、だれが何をどのようにコントロールしていくのか、ということは、特に想定外の問題が起こった場合は、日頃の組織力が問われてくるのです。
日常的に情報が管理職に集中しているのなら問題はありませんが、たとえばいじめが原因と疑われる不登校・自殺(未遂)が起こった場合に、担任がその背景やきっかけとして考えられる状況を封印していると、見当違いな対応になりがちです。
子どもの人間関係についての「本質を素早く見抜く」下士官の役割は、現場最前線の担任の役割であり、管理職は、豊富な経験に照らして、担任の資質や能力、性格も考慮に入れつつ、担任から報告させる情報を組み合わせて、状況を判断することになります。
この判断をせまられている「思考時」の、管理職の「顔」が、教師集団との信頼関係を高める結果にも崩壊させる結果にもなり得ます。
緊急対応、非常事態対応、事故対応は、経験しないですむならすませたい(事前の対応で防止可能なものなら防止したい)ものですが、起こることを100%防ぐことはだれにもできません。
こういうときこそ、教師集団の結束が固まり深い絆ができるチャンスなので、自信や経験がない人もできるだけ首をつっこんで、先輩や管理職の動きを見て学んでいくことです。
08/2/11 現場力の要・学校の下士官はだれか? 日下公人著「現場指揮官の教訓~強い現場リーダーとは何か」(PHP研究所)という本があります。著者は、「教育崩壊、司法荒廃、厚生行政の破綻、官僚の怠慢、国会議員のお粗末、マスコミの堕落、家庭の分解など実例はつきないが、それらの建て直しについて良い参考になるのではないかと思って、本書では、日本がもっている現場力と現場指揮官の優秀さについて、日本軍の下士官を例にとって書いてみた」とまえがきで述べています。 リーダー論、組織論を学んでいる人でも、戦時中の「日本軍からなど学ぶことはないんじゃないか」「学ぶべきことがあっても軍隊の組織から今に生かせるような教訓などないのではないか」と思ってしまう人が多いのではないでしょうか。 そもそも、日本軍、軍隊、上官や下士官などという言葉を聞いただけで読む気がなくなる人もいるかもしれません。 多面的・多角的にものごとを考える必要はわかっていても、どこか自分の中で避ける部分があるという人は、本書を手にとることによってその「抵抗感」が払拭され、ある意味で日本人であることに自信がもてるようになるかもしれません。 私の場合は、戦史・戦記物を読んできましたが、それらが出版された時期や作者の立場による問題の捉え方、結論の大きな違いについて具体的に知ることができたのは本書のおかげです。 著者の本は優れたエピソード自体に魅力があるだけでなく、そこから現代に生かせる有効的なメッセージを読み取れることが読み手に損をさせない長所です。 本書では、「職場の中間管理職」にあたる日本軍の「下士官」が以下のような題材で評価されています。 「敵の本質」を素早く見抜いた歴戦の下士官 戦闘が厳しければ厳しいほど、部下は下士官の顔をみる 職務範囲が「タテ一戦」のアメリカ企業、縦横無尽な日本企業 上位代行、下位代行・・・日本の下士官の得意技 賢い手抜き力・・・上司の立身出世主義にいかに対抗するか ある軍曹の機転・・・ときには組織のために「悪者」になる 制度・法律よりスキンシップで問題解決 教育現場は、「下士官」からどのようなことが学べるのでしょうか。 学校における中間管理職を、「校長」と考えるのか、「副校長」と考えるのか、また、新しい職である「主幹」を想定するのか。学校における優れた「下士官」はだれか。 いろいろな角度から考えていけそうです。
最近のコメント