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「良問」づくりの実践が授業力を向上させる? ふり返り366日【08/2/2-4】

 学習指導要領の改訂によって、喜んでいる人の中に、「入試問題を作る人」がいます。
 入試問題は、学習指導要領に示された内容によって出題できることが決まってきます。
 「学び方が習得できているかどうか」よりも、「内容を理解しているかどうか」の方が問題が作りやすいですから、内容量がたくさん示された方が、仕事が簡単になるのです。
 相変わらず苦労が続くのは、「入学試験」を実施できない公立の中高一貫校の「適性検査問題」です。
 ただ結局は、算数と社会とか、国語と理科が合わさったような、教科横断型入試問題になってしまっていますが。
 小学校でも中学校でも、今後、免許更新講習の中などで取り組んでみてもおもしろいのは、たとえば「思考力を問う入試問題づくり」の実践研究です。
 入試問題を作成する仕事がない一般の公立の教師にとって、このような「問題づくり」の能力は、実質的に、授業をどう組み立てられるかという実践力によって左右されます。
 授業がうまくできないのに、すばらしい素材を使った「良問」が作れる人というのは、あまりいないでしょう。
 「問題づくり」の苦労の過程で、「優れた授業実践」の資質も伸ばすことができる、というのが私の仮説です。

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08/2/2 次の学習指導要領のねらい  「ゆとり教育」が目指したものは、ただの時間と内容の削減ではなくて、ゆとりの中で「・・・という力をつけること」でした。・・・にあてはまる言葉を無視して現行の指導要領を語る人が多すぎますね。  残念ながら教師にも多かった。  研究推進校の発表を見ても、「これはおかしい」という取り組みが多かったのです。  結局、教師や学校の力量がこれほど露呈する指導時間というのはかつてないものでした。  次の学習指導要領のねらいは、・・・の力の育成を教科に移行させることで、この問題(子どもにとっては被害)を教科内に限定することにあるようです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より