「研究発表会」をめぐる様々な課題
先日、全国大会と名のつく研究大会の授業の質が落ちてきた、と毎年のように参観している先生から感想をいただきました。
区市町村や都道府県、地方のブロック、全国と、一般の方はほとんどご存じないかと思いますが、教科ごとに毎年どこかで大きな研究発表が実施されています。
ただ、その参加者は教師全体の数からするとごくごく少なく、それでも参加した教師が各学校で学べた成果を発表し共有できればよいのですが、肝心の発表内容が満足のいかないものだと、「出張費が無駄だった」という好ましくない結果になってしまいます。
もちろん、研究発表から大きなヒントや改善意欲が得られて、プラスの意味で「子どもにかえされる」ものになればよいのですが。
このような研究発表の質的低下の原因の一つには、各自治体が独自で持っていた研究・研修組織を縮小したこと、もともとそのような機関が欠如していたことが考えられます。
研究発表の質の低下は、たとえば新たに指導主事に任用される人材の質の低下にも結びつき、学校に指導できない教育委員会の増加に結びつきます。
また、研究発表会への参加者も減っていく傾向が強くなるでしょう。
公立学校の教師が参加するこのような研究発表の他に、大学附属で実施される発表もあるのですが、「内容が高度」「生徒の質が高いから参考にならない」などの理由で、おそらく公立学校の教師の参加はどの附属でも限られていると思われます。せっかく参加した教師も、そのようなインパクトにおされ、リピーターが少ない。
研究協議でかわされる授業者と、質問者である他の大学附属の教師、大学の教授等のやりとりを聞いて、「場違いだなあ」などと感じさせてしまうのも課題かもしれません。
しかし、授業では非常に「優秀」そうに見える子どもたちも、公立学校と同じようなペーパーテストではあまりふるわない場合があります。
ここが授業の質を考える上で非常に重要なことで、「授業のどこを見るか」「子どもの何を見るか」があいまいなまま参加したのでは、「おみやげ」が貧弱なものになってしまいます。
もう少し新しいタイプの研究・研究発表・研究協議の在り方を国レベルで考えていく時期がきているかもしれません。
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