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中山国交相の信念と教育現場

にほんブログ村 教育論・教育問題
 中山国交相文相時代の「火の玉」的な仕事にまだ区切りがついていなかったようで、政局も視野に入らないほどの強い信念で燃えているようです。
 
 今の教育界では、文科省対日教組という図式はほとんど忘れられかけていましたから、改正教育基本法へのスタンスとか、新学習指導要領へのスタンスが、どうなっているのかを再認識するチャンス、また国民の教育への関心の向上というチャンスに結びつけられるといいですね。

 朝日新聞で、「中山国交相の主張は正しいか」という大きな記事を載せていたことには驚きましたが、あれはどうせやるなら県別の比較ではなく、小学校では学級ごと中学校では国語と数学の教科担任ごとに調査しなければ、検証はできないはずです。
 ただ、組合員になった動機、日常の教育活動以外に実施している組合関係の活動、教育実践に反映されている理念の軽重などは人それぞれで、組合員同士でも「あの人といっしょにしてほしくない」という教師もいるでしょうから、ほとんど意味のない検証作業でしょう。 

 中山国交相の発言に対する支持者もいるわけで、地域によっては「寝た子を起こす」ことになり、現場への逆風となることが考えられますが、そういうときこそ現場にとってはチャンスであり、組合員であるないにかかわらず、信頼を高めたり連携を深めたりするきっかけをつくりだしてほしいと思います。

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教育」カテゴリの記事

コメント

( ̄▽ ̄)
>次は成功に結びつけようとする強い意思があればの話ですがね。

そうだね。
この記事の「中山国交相の信念」も、
失敗という自覚がないから、ダメなんだね。
だから次につながらないんだね。
強い意思もないし。

>失敗したら貴重な体験になるんだろう

次は成功に結びつけようとする強い意思があればの話ですがね。

( ´,_ゝ`)ハイハイ
>「失敗」であったことが自覚できているとき、非常に貴重な存在

だったら、学校で誰が何をしていようがいいのでは?
成功したら成長するだろうし、
失敗したら貴重な体験になるんだろう。

「失敗した教育」を受けた人間というのは、それが「失敗」であったことが自覚できているとき、非常に貴重な存在になりますよ。
このことがこのブログで最も訴えていきたい部分ですから。

(∩゚д゚)アーアーきこえなーい
>総合的な学習の時間を自ら学んだ教師がたくさん生まれてくることですね。

失敗した教育を受けたものが、
増殖していくんだ…。

団塊世代が退職したあとに残される教師にとってラッキーなのは、総合的な学習の時間を自ら学んだ教師がたくさん生まれてくることですね。

(>_総合的な学習の時間で身に付けるべきことを、教科の中で充実させることを求めているわけですから、実質的には増えているのと同じです。

何回も読んでいるし、知っているよ。
でもねぇ、新製品が出た後の旧製品みたいなもので、これまでの機能をより充実させて…と、どれだけ説明されても、削られる機能は不必要だからだよ。
それに、暗象の主張したい総合学習の大切さを、団塊の世代が退職した後の若者世代に、誰がどうやって伝えるんだ? …ということで、学習指導要領が、積み上げか刷新かと聞いたの。

結局、なんでもすべて、自分の都合のいいように解釈して、それが正しいんだから、全員そうしろ…と。自己中の困ったオジサンなんだろうなぁ。

まだ以前にご説明したことがご理解いただいていないようです。
総合的な学習の時間で身に付けるべきことを、教科の中で充実させることを求めているわけですから、実質的には増えているのと同じです。
ただ、それは教師の力量に大きく左右されますが。

( ´,_ゝ`)ハイハイ

じゃぁ、口だけだ。
中味がない時ほど、内容勝負というんだよ。

本当に内容があり必要とされたら、
上限下限があれば上限をとるし、
それでも足りなければ、増やすのが筋。
他との比較の中で、
相対的に必要性が低いから、下限をとっていて、
新学習指導要領で上限を切られたんだよ。

できないプロジェクトにしがみつく…
公務員の中には、暗象のようにお気楽でも、
偉そうにしていられることがわかったよ。

>暗象は総合学習を大切にしていたんだから、
もちろん上限をとってやっていたんじゃないの?
それとも、時間は下限だけど、内容勝負 (^o^)

後者が正解ですね。
「大切にする」=「時間をたくさんとる」ではないことは、たとえば中学校社会科歴史的分野の近現代史の扱いについても同様です。

( ̄ー+ ̄)
>総合は下限で実施していた学校はほとんど変化がありません。

? ? ?
暗象は総合学習を大切にしていたんだから、
もちろん上限をとってやっていたんじゃないの?
それとも、時間は下限だけど、内容勝負 (^o^)

総合は下限で実施していた学校はほとんど変化がありません。

┐(´д`)┌ヤレヤレ
>積み上げすぎると時間が足りなくなるので、何を削るか、といったときに、たとえば中学校では選択教科がそれにあたったわけです。

だからダメなんだって。
「選択教科と総合学習」と書くべきでしょ!!
でも、そうするとこれまでの暗象の説に反するから避けた?

日本の教育は「よいものはどんどん取り入れていこう」という傾向が強く、似たものに追加していく部分も多いので、「積み上げ」と「刷新」が混じった印象が強い気がします。
積み上げすぎると時間が足りなくなるので、何を削るか、といったときに、たとえば中学校では選択教科がそれにあたったわけです。

>来年から先生になる人は、何を読むのかという問題。新しいのだけ読めばいいなら刷新、延々と昔のものまで遡って読めと言うなら積みあげ。

学習指導要領の変遷は教科教育法という大学の授業で学びます。もちろん採用試験にも出題されます。
もちろん、それを間違えたら採用されない、ということではないのですが。

w(゚o゚)w
>「生きる力」の育成は積み上げであり、選択教科をなくすことは刷新です。

これを便利な解釈と言わずに、どう表現するのか?
それは新学習指導要領に明記されているの?
暗象の解釈なの?

来年から先生になる人は、何を読むのかという問題。新しいのだけ読めばいいなら刷新、延々と昔のものまで遡って読めと言うなら積みあげ。

>だから暗象の頭の中は○×しかないというの!!

というコメントを他の記事でいただきましたが、この回答で「○×しかない」というわけではないことがおわかりいただけましたか?

>積みあげか、刷新かの、2つに一つだと思うが?

積み上げていく部分と、刷新される部分があってはいけないのでしょうか。

「生きる力」の育成は積み上げであり、選択教科をなくすことは刷新です。

(・O・;
>詳しくは、それぞれの学習指導要領の冒頭に「改訂の趣旨」が掲載されているので、それをご覧下さい。

暗象がどうとらえているかという問題。
答えは、
積みあげか、刷新かの、2つに一つだと思うが?
違うのか?

>古いものに積みあげていくものなのか?
 刷新してくものなのか

 詳しくは、それぞれの学習指導要領の冒頭に「改訂の趣旨」が掲載されているので、それをご覧下さい。

(´ρ`)ぽか~ん
暗象のコメントの意図は?
いつもわけのわからんことを返してくるが、
何でそうなんだ?
聞いていることがわからないのか?

学習指導要領の新しいのが出た時には、
>古いものに積みあげていくものなのか?
>刷新してくものなのか?
ということを聞いています。

暗象は、あるとはき新しくなり…といい、
ある時は昔のものの考え方が大事だという、
だから、
>自分に都合のいいものは積みあげで、
>都合の悪いものは刷新なのか?
と念押しをしましたが、
回答は??

本筋を避けたいのか、わからないのか?
自閉系の人間であることは確かだね。

学習指導要領は、中教審の答申や法令改正などを受けて、ほぼ10年ごとに改訂されてきました。
新しい学習指導要領は、授業時数が随分増えたかのような印象がありますが、現行の減り方が大きかったので、たとえば中学校社会科でいっても時数は過去2番目の少なさとなっています。
もう「古い」のですが、「新しい学力観」がでたのが、平成元年版のときでした。
「点数重視」から舵がきられたターニングポイントの一つです。

w(゚o゚)w
>平成元年版です。

何だそりゃ!! …という気分。
古いものに積みあげていくものなのか?
刷新してくものなのか?

自分に都合のいいものは積みあげで、
都合の悪いものは刷新なのか?

わかりにくくて申し訳ありませんが、私が申し上げている旧学習指導要領とは、現行の学習指導要領の前のものです。平成元年版です。

( ^ω^)おっおっおっ
>メスを入れたのが旧学習指導要領でした。

私の認識では、
旧学習指導要領は思考の段階から批判が多く、
ほとんど実現されないまま、
新学習指導要領ができて、
それは先取り試行していると思っているのだが?

なんで昔のものと新しいものをだして、
自説を補強しようとするのか?
ただのご都合主義としか思えないんだって!!

一般の大人の「テスト」観というのは、「点数を取る者が有利となる」というイメージに染まりきっていると思いますが、そこにメスを入れたのが旧学習指導要領でした。
固定的なイメージの打破は、PISA型学力への注目やA問題・B問題というはっきりと傾向が異なる二種類の問題に分けて実施される全国的な学力調査で、今後、より進展していくことでしょう。

(´~`)。゜○
>興味・関心の方向性までしばるほど学校は硬直化していないでしょう。

時間は無限じゃないんだよ。
何より、価値の単一化が進むことが理解できないのか?

「無駄な世界」のイメージがよくわかりませんが・・・。
興味・関心の方向性までしばるほど学校は硬直化していないでしょう。

ヾ(.;.;゚Д゚)ノ
>いわゆるせまい意味の「学力観」からの脱却が進むことが大きな効果として認められると考えております。

逆だろう!!
狭い意味へ閉じこめる方向じゃないのか?
鉄っちゃんや虫博士なんていうのは、
無駄な世界へ追いやられるんじゃないの?

いちろうさんへ。
お返事がずいぶん遅くなって申し訳ございませんでした。

何が話題だったのか忘れかけております(コメントを読んでもすれ違っていることはよくわかるのですが・・・)が、学力調査がムダだというのがいちろうさんの見解ですよね。

しかし、実際に動き始めているさまざまな主体の「学力向上策」の呼び水として機能しているのは明らかで、いわゆるせまい意味の「学力観」からの脱却が進むことが大きな効果として認められると考えております。

┐(´д`)┌ヤレヤレ
>使いみちは別として、考え方は、いちろうさんも私も同じということですね。

結局何もわかっていない。

「改革します!!」ということばは同じだけど、
結局、自分たちが望んでいないものになる。
よくあるパターンで騙される人が多いが、
考え方(政策)の表現が、(税の)使い道では?

素朴に…、本当に先生なの?

>最低限の投資で最大限の効果を発揮

使いみちは別として、考え方は、いちろうさんも私も同じということですね。

( ̄ー+ ̄)
>よりよい制度になることを期待しています。

これは、現在のものが掲げた目的を達成するための手段になっていないことを理解した?
最低限の投資で最大限の効果を発揮できる手法を選ぶのが、普通の感覚。
お気楽公務員にコスト感覚を説いてくださいな。

さまざまな意見や結果等が適切に反映されて、よりよい制度になることを期待しています。

。・゚・(ノД`) 本当に通じないなぁ〜

>結局、目標に準拠した評価を実施するために、その実現に適した指導が行われてきたかどうかが問われるわけです。

全国一斉に同じ問題を同じ日にする必然性がない。
違う方法でできるでしょ。

>保護者の多くがそれを要望すれば、予算化するのも非現実的なことではないでしょう。

回答が違うよ。
暗象の主張する目的を達成するのには、
そうあるべきだという主張への回答がこれ?
現行の全国学力テストに暗象も批判的?

>全国一斉に全員が受けなきゃわからないのか?
逆に考えると、
>全国学力テストを受けるまで放置されるのか?

B問題の結果を個別に見ていった場合、子どもの学力に対する評価の精度について、課題が出ている学校というのは出てきたと思われます。
結局、目標に準拠した評価を実施するために、その実現に適した指導が行われてきたかどうかが問われるわけです。
ですから、すべての「子ども」が対象になるという部分と、それらの「子ども」を教えたすべての「教師」が結果を分析する対象になっていると考えていただくことで、「全員参加」や「毎年行う」意味もご理解いただけるのではないでしょうか。

>同じ学年の子どもたちのを追跡しながら、
毎年調査することが必要なんじゃないの?

保護者の多くがそれを要望すれば、予算化するのも非現実的なことではないでしょう。

(・O・;  結局、垂れ流しかよ。

>たとえば「家庭環境」のせいで「低い学力」が放置されているような状況にあるところでは、より積極的な学力向上策に取り組む必要があり、学校なら人材の育成や組織の改善を、行政ならそのために必要な予算措置を行っていくことが求められます。

???
だから、こんなことを知るために、
全国一斉に全員が受けなきゃわからないのか?
逆に考えると、
全国学力テストを受けるまで放置されるのか?
そんなバカな話じゃないだろう。

>以下の目的を達成するためです。

何の説得力もないのだが?
全員が受けた方がより正確なことはわかるけど、
抽出調査にしてもほぼ正確なものはでるよ。
統計学を完全否定する無駄遣いだね。

さらに疑問が生まれたが、
毎年する必要性がないんじゃないのか?
もし、毎年するのであれば、
同じ学年の子どもたちのを追跡しながら、
毎年調査することが必要なんじゃないの?

公務員って、本当に金銭感覚もなければ、
論理性もないね。

中山の目的の方がはるかに説得力はあるし、
目的にあった結果になっているのが現実じゃないの?

>具体的に、求められる成果とは何?

一言で表現すれば、より豊かな学力の向上でしょう。
自治体によって、あるいは学校によって開いている学力の水準を縮小しながら全体としても向上させることを行政の使命だとすると、たとえば「家庭環境」のせいで「低い学力」が放置されているような状況にあるところでは、より積極的な学力向上策に取り組む必要があり、学校なら人材の育成や組織の改善を、行政ならそのために必要な予算措置を行っていくことが求められます。
結果をふまえたこれからの取り組みが、この事業の成果を左右することは言うまでもないでしょう。

>1.全国一斉に全員が受けなければならない必要性

以下の目的を達成するためです。

○ 国が全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から各地域における児童生徒の学力・学習状況をきめ細かく把握・分析することにより、教育及び教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
○ 各教育委員会、学校等が全国的な状況との関係において自らの教育及び教育施策の成果と課題を把握し、その改善を図るとともに、そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
○ 各学校が各児童生徒の学力や学習状況を把握し、児童生徒への教育指導や学習状況の改善等に役立てる。

>2.いつ誰に返る経費なのか?

他の教育予算と同じように考えればよいと思います。


dash
どこまで理解力がないの?

>成果が出されるのは…略…これからなのですが・・・。

具体的に、求められる成果とは何?
どこをどう読んでも、
先生が指導法を考える一助とする以外にないが?
テストを受けた子どもには返らない成果なのか?
まだ成果が出ないということは、
そういうことなんだろうけど、
そうであれば、抽出で済ませば経費は安くなる。

>すでに取り組みが始まっているということで、「有用性」の証明にはなりませんか・・・?

とりくみをすることが、無駄をふくらませることになるというのが私の主張なのだが、何度書けば理解ができますか?

わざわざ探しに来るのが大変だから、
また記事にしてよ。

1.全国一斉に全員が受けなければならない必要性
2.いつ誰に返る経費なのか?

とりあえず、以上2点。

>成果が出ないものは・・・

成果が出されるのは(成果を生み出すための各学校の取り組みの構想ができるのも、取り組みが行われるのも)これからなのですが・・・。

>有用であることを証明・・・

すでに取り組みが始まっているということで、「有用性」の証明にはなりませんか・・・?

(´ρ`)ぽか~ん

>「無駄になる」根拠は十分ではないように思いますが・・・。

成果が出ないものは無駄だよ。
投資したものが回収できないから無駄なんだよ。
少なくとも、暗象の主張は、
不確実な可能性と、先生批判で成り立っていて、
成果が全く現れていない。
推進派がそのレベルなら、
推して知るべしじゃない?

>「無駄である」と主張されたいいちろうさんの気持ちは十分にくみ取ることができました

というのであれば、
有用であることを証明し、
説得するのが暗象のすべき行動では?

まあ、それができていないから無駄だと言っているんだけどね。

「無駄である」と主張されたいいちろうさんの気持ちは十分にくみ取ることができましたが、「無駄になる」根拠は十分ではないように思いますが・・・。

shockshockshockshock
>学力調査が無駄になることの根拠

何度も何度も暗象の記事にコメントをつけました。
そこをじっくりと読んでください。 (^o^)

ちなみに、学力調査が無駄になることの根拠をいちろうさんはどのようにお考えでしょうか?

工エエェェ(´д`)ェェエエ工工

>学力調査は無駄であると主張していただければ、話が早かったのですが・・・。

こりゃ、何回説明してもダメだな。
学力調査をするだけでも無駄なのに、
無駄な学力調査のために、
先生たちにより無駄なことをさせているとうこと。

先生たちに無駄なことを強いている側にいる暗象。
何の責任もとれないくせに、
公務員に無駄働きをさせている…と。
何回書いたか、数えてみるか…。

新興宗教の信者ですか?
理解力のなさは驚愕ものですね。 (^O^)

はじめから、中山氏の発言は別としても、学力調査は無駄であると主張していただければ、話が早かったのですが・・・。
各教育委員会が、都道府県ごとの分析や今後の指針を発表し始めているようです。
お時間があればご覧ください。

( ´艸`)プププ
暗象は、自分の主張を覚えている?

>いちろうさんが批判として取り上げている「導入の目的」は、選挙をにらんだ発言であったという趣旨をご指摘いただきましたね。

違うよ。「日教組批判」の部分だよ。
なんでそこまで都合よく解釈できるのかな?

>そうすると、今度は、「導入の目的外」(=本来の目的)の方も「無駄」かどうか、考えていくべきではありませんか?

無駄以外の何ものでもない。
私が指摘している、暗象が主張する無駄遣い。
だれがそんなことに血税をかけると決めたんだ?

>「子どもたちの思い」って何でしょう?

口に出したことや態度に現れたものの
裏というか、根っこにある考え。

>政治家の発言にいたずらに左右されない(左右される宿命はありますが)行政の使命感の高さがなければ、現場はもっと強烈に翻弄されていることでしょう。…略…政治家の言葉だけをたよりに仕事をしている官僚はいないでしょう。

これを官僚政治というのだが?
木端役人なのに、いっぱしの官僚気分なのが不思議。

>そのテストに不要な価値(導入の目的外)をつけ、先生たちに無駄な意識づけをすることで、無駄な時間を使わせているから、
時間の無駄=税金の無駄だということ。

いちろうさんが批判として取り上げている「導入の目的」は、選挙をにらんだ発言であったという趣旨をご指摘いただきましたね。

それでは、子どもの学力向上については「不要な価値」である可能性が高いでしょう。

そうすると、今度は、「導入の目的外」(=本来の目的)の方も「無駄」かどうか、考えていくべきではありませんか?

「子どもたちの思い」って何でしょう?
日教組批判への関心の高まりは民主党へのダメージになるか、無党派層への刺激になるか、・・・そういう政治への関心は私には乏しいですね。
繰り返しになりますが、実現させている政策の根っこは現場での問題やその解消への関心にあることと、政治家の発言にいたずらに左右されない(左右される宿命はありますが)行政の使命感の高さがなければ、現場はもっと強烈に翻弄されていることでしょう。
学力調査にずっと反対してきた勢力に批判的なことを言う人がいるのは、理解可能な範囲でしょう。
また、政治家の言葉だけをたよりに仕事をしている官僚はいないでしょう。

lovely
暗象より、私の方が正しかったね。ヽ(´▽`)/

中山成彬前国交相が、8日の九州横断自動車道延岡線建設促進中央大会の席で、同席した東国原知事に対して「どうしても私の後継として、衆院選にでてもらわないといけない」と直接出馬を要請した。しかも、「国交相就任直後の問題発言から、大臣辞任・衆院選不出馬までの一連の行動は、全て自民党が選挙で勝つための自作自演のシナリオ。東国原知事の擁立もシナリオの続きである」と公言。

この程度のことが見抜けない人間が、
子どもたちの思いを理解できるのか?

(○゜ε゜○)ノ~~

探すのが面倒なんだけど…

>子どもに調査を受けさせないという選択肢もあるのでしょうか?

本当に読解力のなさに驚くのだが、
テストの予算はついてきまっていることだから、
粛々と行えばいい。
そのテストに不要な価値(導入の目的外)をつけ、
先生たちに無駄な意識づけをすることで、
無駄な時間を使わせているから、
時間の無駄=税金の無駄だということ。

ある先生が、採点を「業者委託」するから返却が遅れる、普通のテストなら自分で採点して、すぐ返却できる・・・という話をしていました。
学校の教師が採点できるようにすれば、「無駄なお金」は減らせますね。
でも、いちろうさんの別の主張もある。

いずれにせよ、頭から「無駄なこと」「不必要なこと」と主張されるいちろうさんなら、子どもに調査を受けさせないという選択肢もあるのでしょうか?

┐(´д`)┌ヤレヤレ
>経費の話は、繰り返しになりますが、前提からおかしいのでお答えのしようがありません。

暗象みたいのが重用される公務員の世界は、不必要なことにエネルギーとお金を割いて、そのつけを国民に回せばいいという姿勢に貫かれている?

こんな公務員ばかりだから、赤字がふくらむんだよなぁ…。ただのサラリーマン先生の方がはるかによく思える。

>一般論でしか語れない
のではなく、「一般論でしか語らない」のでは?
なぜなら、現場に確認すればすむ話ですから。

経費の話は、繰り返しになりますが、前提からおかしいのでお答えのしようがありません。

┐(´д`)┌ヤレヤレ
>いちろうさんの地域の学校では、テストの分析や対策を「必要ない」と考えていらっしゃるのですね?

そんなことは知らないって。
一般論でしか語れない人間に何を聞いているの?
そんなことより、
「経費」を「時間割」に例えたのは、
われながら上手だと思っているんだけど?
それに答えてくれないんだね。

>必要もないのにテストを分析したり対策をさせると・・・

いちろうさんの地域の学校では、テストの分析や対策を「必要ない」と考えていらっしゃるのですね?

(-_-X)
堂々巡りは、何周目?

ただテストをするのと、
必要もないのにテストを分析したり対策をさせると、
無駄な時間(経費)を使うということなんだけど?

いちろうさんのところの学校は、学力調査を実施していないのですか?

shock
>文部科学省の敷居が高いとお考えなら、県教委や市教委も相談に乗ってくれると思いますが・・・。

何か勘違いしていない?
私自身は、自分の子どもたちが通う学校になんの不満も持っていない。

暗象の主張することが変だということを書いています。なんで、文科省や県教委に聞かなきゃいけないんだ?
文科省に「暗象という奴がこんなことを主張していますが、どうなっていますか?」って聞くの?

>文科省の広報担当なのか?

日本の教育の大きな原則を最もわかりやすく子どもや保護者に示すことができるのは、学校の教師ですから、すごく広い意味で言うと、教育公務員はそういう立場で職務に臨む必要があるでしょうね。
でもなかなか自分で勉強する姿勢が教師にはないので、「伝達講習」等が必要になっています。
文部科学省の敷居が高いとお考えなら、県教委や市教委も相談に乗ってくれると思いますが・・・。

o(^-^)o
>政局も視野に入らないほどの強い信念で燃えているようです。

せっかく書きなおしたこの文、どうも怪しそうだね。
中山議員の引退会見で疑問があって調べたら、
派閥のボスの町村議員、選挙で落ちそうなんだね。
相手候補が、日教組出身らしい。
結局、援護射撃をしたということのようだが?

町村派は、文教族と言われる人が多いが、
なぜ利権の小さな文教を選ぶのかと思ったら、
それぞれ選挙区は、日教組が強いから、
その対立軸で文教族を選んでいるという説。
私は妙に納得したな。

|(-_-)|
逃げ方も下手だよね…。

>直接文部科学省等にお問い合わせいただくのがよいかと思います。

学習指導要領を無批判に垂れ流すと指摘したら、
自分も関わっているから、同一なんだと言う。
論理性を求めると、文科省に聞けという…。

暗象は、文科省の広報担当なのか?

いちろうさんへ。
公的な問題についての論理的・科学的な説明が必要ならば、直接文部科学省等にお問い合わせいただくのがよいかと思います。
私よりもはるかに論理的な回答が得られると思います。

( ̄□ ̄;)
>の内容は、具体的には何でしょうか。

子どもの口げんかレベル?
また堂々巡りをしますか?

>論理的・科学的根拠もない、
半ば信仰的な思い込みで他人を振り回すこと

の内容は、具体的には何でしょうか。

(*´v゚*)ゞ
>「害毒」とは具体的に何でしょうか。

論理的・科学的根拠もない、
半ば信仰的な思い込みで他人を振り回すこと。
この列のコメントは、
ずっとそういう論点で書いていましたが…
気づきませんでしたか?  (☆_★)

「害毒」とは具体的に何でしょうか。

(;´д`)トホホ…
>このような公務員には同情されますか?
>税金の無駄でしょうか?

他を批判する前に、自信を見つめてほしいだけ。
害毒を広める人間は、税金の無駄でしょう。

このような公務員には同情されますか?
税金の無駄でしょうか?

bleah
>そういうお考えをなさるのがいちろうさんであるということは、よく理解しております。

そうなんだよ。
官僚の末端にへばりつきたいような人間って、自信がないから権力側・大衆側につこうとするんだよね。
ただ、今回のように、権力のトップに否定されて尚、議員も官僚も両方賛美できる精神性が不思議と思っただけ。結局は、自己中なんだよね。自分が正しくて、批判されると、権力側のものとか大衆側のものを持ってきて、自分の正当性を主張しようとする。
黄門の印籠(学習指導要領)もでてきたしなあ…

>その官僚の下っ端に自分がへばりついていると思っている暗象の考え方が変だと指摘しています。

そういうお考えをなさるのがいちろうさんであるということは、よく理解しております。

>違うことへ割ける時間を特定のものに注力させることは、通常“損失”です。

特定のものや違うことではなく、学習指導要領に準拠した形で指導すればよいのです。

>「削られた」ということは、他との比較において、「無駄」とされたということでは?

実質、中学校では下限でやってきたので大きな変化はないでしょうが、時数が増えた教科では総合の趣旨をふまえた指導を行うこととなっています。

(゚m゚*)
>「正しい目的」とは、文科省が示している目的のことです。

だから官僚政治と書いたのだが?
その官僚の下っ端に自分がへばりついていると思っている暗象の考え方が変だと指摘しています。

>学力調査が見ている学力は通常の授業で身に付くものです。ですから「損失」はありません。

違うことへ割ける時間を特定のものに注力させることは、通常“損失”です。

>総合学習は「無駄」と判断されておりません。

100%無駄ではないから残ったんだろうけど、
「削られた」ということは、
他との比較において、
「無駄」とされたということでは?

自分が一生懸命したことに固執するのはわかるけど、会議でダメ出しされたら、再度新しいものを加えたり、問題のあるところを削ったり修正して会議に出さないとダメなもんだよ。同じ企画書を2度出して、説明だけ変える奴に、3度目の会議はないよ。
本当に公務員って、あまちゃんだよな。

さっきの続きで書くと、
このブログは100人の読者がいるらしいが、
全員が先生で、50万円の損失をしたら…
5,000万円の税金の無駄になるんだけど?

>「正しい目的」と言いきれる精神性を、
尊大と指摘してきましたよね…。

こちらでの「正しい目的」とは、文科省が示している目的のことです。

>暗象の主張するように学力テストを捉えると、・・・・

学力調査が見ている学力は通常の授業で身に付くものです。ですから「損失」はありません。

>以前の総合学習の時もそうだったけど、無駄と判断され、

総合学習は「無駄」と判断されておりません。

∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

>できたものが違って当然。
>正しい目的に基づいて実施中。

まじめに聞きたいが、
先生たちって、ここまでひどいのか?
誰がものごとを決め、誰が責任をとるの?

日本は民主国家じゃないのか?
まさに、官僚政治と言われる部分だけど、
「正しい目的」と言いきれる精神性を、
尊大と指摘してきましたよね…。

意味が伝わっていないと思うから、もう1回。
単純にテストをして結果を見るだけなら、
年間60億円の経費で終わります。
暗象の主張するように学力テストを捉えると、
先生1日の労働時間8時間のうち、
毎日30分間、学力テストを意識したとしますね。
8時間の内の30分だと、1/16になるので、
年収の1/16の損失になるということです。
年収800万円とすると、50万円分の損失です。
全国に何人の先生がいることか…。
その損失分の責任を誰がとるのか?

以前の総合学習の時もそうだったけど、無駄と判断され、削減されたものに意味づけして貴重な時間をかけることは“損失”なんだよ。

自分の判断が何より正しいと思う指導者ほど困った者はいないんだよなあ…。しかも、損失の責任をとる気もないくせに、人に強制しようとする。
中間管理職の1人にしてもいいけど、トップには置けないな。

>1.企画してはじめたものと、
  できたものが違うというのが変。

そもそも実施の段階で今回のような発言自体があったかどうかは不明。
できたものが違って当然。
正しい目的に基づいて実施中。

>2.企画した人が、役目がすんだというのに、
  続けていこうというのが変。

正しい目的によって実施されている調査の役目は「終わった」とは言えない。

>3.先生の人件費(労働時間)まで多く費やし、子どもたちの時間まで奪うようにしむける

直接の権限は校長。
犬山市のように、教育長の権限で「実施しない」ことも可能。=強制ではない。

>「学校の教師は税金をいくらでも無駄にできるのです」

行政から配布された資料を生徒に渡さずにしまいこむことなどでも可能。
「無駄にする」=「活用しない」=「効果がでない」という話です。

簡単で申し訳ありませんが、以上のようなお答えになります。

shock
>中山元大臣が発言した「役目」と、実施中の調査のねらいは別物ですから・・・

そこが公務員のお気楽な無駄遣い体質なんだって。
1.企画してはじめたものと、
  できたものが違うというのが変。
2.企画した人が、役目がすんだというのに、
  続けていこうというのが変。
3.目に見える税金(テストのお金)だけではなく、
  本来の目的から離れ、
  先生の人件費(労働時間)まで多く費やし、
  子どもたちの時間まで奪うようにしむける。
だれが、なんの権限をもって行っているのか。
無駄な政策としてなくなると思うが、
それまでの間に費やす税金の多少について、
誰が責任をとるのか?

民間なら、過剰な投資をしないとか、損失は最小限に抑える努力をするのが普通なのに、そういう感覚が微塵もないばかりか、「学校の教師は税金をいくらでも無駄にできるのです」と開き直る。

この状況で学力テストを推進していいことがあるのは、テスト業者と文科省の役人だけだと思うが? あっ、文科省の役人とつるんでいるんだっけ?

いちろうさんへ
ご回答ありがとうございます。

>結果が出て役目が終わったと、導入を決めた人が言っている

>役目の終わったものを大切だと主張

堂々巡りになっていますが、
中山元大臣が発言した「役目」と、実施中の調査のねらいは別物ですから・・・

>何の成果を出したいのかも、意味不明。>限られた時間を無駄なことに使えというのは、・・・
>全国学力テストの無駄遣いの責任

まだ調査のねらいを改めてご説明する必要がありますか?

子どもに参考書を買い与えて、無駄になるケースとはどんなケースでしょう。
親の責任でしょうか。

以前にも記事にしたように、学校の教師は税金をいくらでも無駄にできるのです。

┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

>すぐに成果を期待されるのですか?

結果が出て役目が終わったと、
導入を決めた人が言っているし、
同じ政党の税金の無駄をなくそうという人たちが、
無駄だと言っている。
成果を急ぐという以前に、なぜ続けるのか?
何の成果を出したいのかも、意味不明。
学力テストの下請け業者と、
そこと癒着した官僚だけが続けたいのでは?


>このブログの記事で訴えています。

役目の終わったものを大切だと主張し、
それに先生たちは準備し分析し対策を練るべき…
という要求は、
先生の仕事の時間を割けという意味です。
限られた時間を無駄なことに使えというのは、
先生の給料を負担している税金を、
無駄に使っていることになりませんか?
他のことに使えば、もっといい教育ができるのに。

その意味で、このブログのプロパガンダは、
税金の無駄遣いを奨励しているのでは?


>その根拠は何ですか?

逆に問いたいが、
誰が全国学力テストの無駄遣いの責任をとるんだ?
あっ、正しくは、無駄を膨らませた責任だね。

>トップが決めて必要だった経費を、部下が間違った方向へ持っていって、経費を何倍にも膨らました結果の責任は、誰がとるんだ?

「部下が間違った方向へ持って」いったという認識はもっていません。中山元大臣のコメントの趣旨が部下に伝えられたかどうかもわかりません。

決定したトップが「役目は終わった」というから、トップは責任をとらないだろう。

>決定当時のトップの言葉を現在のトップが鵜呑みにする必要はないと考えられます。

>でも、現実として、さらに経費(先生や子どもの時間など)を増やし続ける方向へ進んでいる。

すぐに成果を期待されるのですか?

>暗象自身は、自分の責任をどう考えているのか?

このブログの記事で訴えています。

>民間企業なら、左遷かリストラの対象だが?

その根拠は何ですか?

( ´_ゝ`)フーン
>大臣の言葉と実際に行われた調査の目的が異なっていることは事実なので、残念ながら、これ以上ご説明できることはありません。

公務員はお気楽でいいよね。
トップが決めて必要だった経費を、部下が間違った方向へ持っていって、経費を何倍にも膨らました結果の責任は、誰がとるんだ?
決定したトップが「役目は終わった」というから、トップは責任をとらないだろう。でも、現実として、さらに経費(先生や子どもの時間など)を増やし続ける方向へ進んでいる。プランを推進した人が責任をとるのが普通なんだが…。暗象は「私はその立場にない」としか言わないだろうし、誰が責任をとるんだ? 自民党の無駄0の候補にもあがっている。
暗象自身は、自分の責任をどう考えているのか?
民間企業なら、左遷かリストラの対象だが?

>すずめさんのブログを賑わしている人と同じ

議論になるならないは、正しい根拠を上げているか、どうかで決まると思います。
はじめから根拠が誤っている主張では、やはり議論のしようがないですね。

すずめ先生への書き込みについては、いまだにいちろうさんが思い込みから抜けきれないでいらっしゃるようですね。

組合の方でもすずめ先生とは珍しく、それ以前に議論をしてきた経緯があります。

>今回の件で、私の正しさが証明されたと思ったのですが?

大臣の言葉と実際に行われた調査の目的が異なっていることは事実なので、残念ながら、これ以上ご説明できることはありません。

shock
>すずめ先生も当初そうでしたし、私が直接知る限りの組合の大部分の人は、批判自体を認めないんですよね。

いやっ、組合員であるかどうかが問題ではないだろう。ここ3カ月相手にしている人たちは、だれも批判自体を認めようとしないよ。


>そのまま「遊び相手」を続けるにはちょっと厳しい批判ですね・・・。

ちゃんと、逃げ場を用意してあげているところが、優しい配慮なのだが?

(*゚▽゚)ノ
偽善者とは、本心からではない、うわべだけの善行を行う者という意味です。

「組合の人と同じパターン」で「議論にならない」
という固定観念でしかものごとを捉えられない者が、組合を看板にあげている人にコメントをつけ、思考を正していこうというのは、偽善では?
だって、結論が「議論にならない」のであれば、ただ自分の感情をぶつけているだけで、今、すずめさんのブログを賑わしている人と同じ。
違いは、本心を見えないようにしてコメントを書き込んでいるかどうか、…そう、善を装っているから、偽善と書きましたが、間違っていますか?


尚、当初の私の書き込みから論点をずらしていますが、その点について解説します。

1.この記事の冒頭の三行(流石に書き換えてありますが)で、中山議員を賛美していました。
2.中山議員は、日教組の強いところが学力が低いことを証明したくて、全国学力テストを導入したと言っています。
3.暗象は、全国学力テストの目的として、長々とこのブログで論理を展開し、先生に対応を求めています。
⇒ 導入の目的を曲げて伝えています。にもかかわらず、なぜ賛美できるのか?  賛美するということは、単に騙されていた(躍らされていた)というわけではないと判断し、「これまでのブログ記事は“戦略的”に書かれたものなんですね。( ´艸`)プププ」と書きました。

また、ここで問題となるのは、当初の目的を達成するだけならば、準備から今年度までの144億円の税金の無駄で済んだはずです。
しかし、暗象のような主張をすることで、先生がその対応に要した時間や労力の損失、子どもたちが被った時間的な損失などを考えると、莫大なものになるのではないでしょうか?
過去「教育改革」と銘打って様々な施策に税金を投入してきましたが、年々、教育への信頼を低下させているのは、導入の目的、推進するものの詭弁が原因ではないのかとの指摘をしてきました。
今回の件で、私の正しさが証明されたと思ったのですが?

すずめ先生へ
コメントありがとうございます。
要回答のコメントが少ないようなので、きっと「飽きる」のも早いでしょう。
いちろうさんのような方が大勢だと大変でしょうが、・・・。
ほとんどの子どもは教師が組合員だとか、非組合員だとかは知りませんよね。
しかし、この騒動の中、親から「担任はどっちなのか、聞いてきてご覧」なんて指示をうける子どもはいないでしょうか・・・。
組合の方が「手は抜けないな」と感じられているような姿とか、指導力に課題はあっても「私は組合員ではないから問題ないか・・・」という間抜けなことを考えている教師の姿が目に浮かびます。

トラックバックありがとうございます。
口幅ったいようですが,今回の沸騰は,私のブログタイトルを検索して飛んできたGOOGLEからの訪問者と,どこからか指令を受け,手分けして嫌がらせの書き込みをしている2チャネラーによるもので,一過性と認識しております。
下手に突っ込むと,飛び火してご迷惑をおかけすることになりかねませんので
何もしないのが一番かと思います。
ありがとうございました。

>このような考え方を持ちながら、
日教組を看板にあげているすずめさんにコメントをつける。

団体で活躍されていたいちろうさんも、組合の方々も、その立場を尊重の上、考えの相違が見られる部分については、コメントを差し上げています。

ただ、すずめ先生も当初そうでしたし、私が直接知る限りの組合の大部分の人は、批判自体を認めないんですよね。

それを認めない根拠を、こちらの主張を歪めた形で提示する。こういう解釈パターンにはさすがに嫌気を感じますが、学校では「同僚」としてやっていかなければならない人たちなので、誤解が生じればそれを解きほぐす努力をしますし、注意が必要なときは「組合員であるかどうか」は関係なく注意するような関係になります。

組合員の教師をかばったときに「偽善者」と呼ばれた経験もありましたが・・・。
そのときは組合の人が語っている「善」と「悪」の区別がよくわかりませんでした。

いちろうさんの価値観では、人を「偽善者」とよぶことは中傷にはあたらないのでしょうが、そのまま「遊び相手」を続けるにはちょっと厳しい批判ですね・・・。

いちろうさんがお考えの教師の「善」と、どこが食い違っておりますか?

w(゚o゚)w
>「大臣の意図」によってゆめがて喜々としている校長もいるようですね。

なんですり替えるかなぁ…
暗象個人の話をしています。
世間一般の話をしていないでしょう。


>私のときほど気に障るコメントは出現しておりませんか?

全く気にならない。
いい場所を見つけて喜んでいるんだろうけど、
事実として間違えている。
新興宗教と同じようなものでは?
その点、暗象は、先生を語り偽善に満ちている。

>組合の人と同じパターンですね。
>そして解釈のパターンも同じです。
>議論にならないわけです。

このような考え方を持ちながら、
日教組を看板にあげているすずめさんにコメントをつける。
その偽善が嫌いなんだよ。
今、すずるさんのブログに書き込んでいる人たちは、
間違っているとは思うが、偽善者を装っていない。

いちろうさんへ
すずめ先生のブログがたいへんなことになっていますが、いちろうさんならどのような助け船を出されるのか、私には興味があります。
私のときほど気に障るコメントは出現しておりませんか?

教育ブログを運営している方の中にも、前提がそもそもおかしなものであるために議論にならない人がいます。

>学力テストの目的が「大臣の意図」からゆがめられています

学力調査の実際の目的は、大臣の意図とは別の次元で設定され、その目的の遂行に向けて現場も努力しているところです。それを「大臣の意図」によってゆめがて喜々としている校長もいるようですね。

( ´,_ゝ`)ハイハイ

あれっ? 書いたことなかったっけ?
私は、旧社会党時代の中心支援労組の団体で、
執行委員をしていたって。
だから自民党は大嫌いだし、
世間の先生より日教組“運動”は知っていると思う。

で、論理的に反論できなくると、
レッテル貼りをしてくるの?
とっても、先生的だこと…
あ、世間で批判されている先生ね。

次は「怒濤の羊」かな (^_^)
あっ、ごめん。ドラクエなんてしないよね。
ゲームの攻撃の一つに「怒濤の羊」ってあって、
ダダダ…って、羊がやってきて敵をやっつける。
暗象の場合は、
反論できなかったり、都合が悪いと、
次々に記事とコメントを書き続けて、
遡ることがとても面倒な状態にするから、
勝手に「怒濤の羊」呼んでいる。

いちろうさんの反応は組合の人と同じパターンですね。
そして解釈のパターンも同じです。
議論にならないわけです。

┐(´д`)┌ヤレヤレ

>中山国交相は文相時代の「火の玉」的な仕事…略…強い信念で燃えているようです。

まあ、信者はどこにでもいるものだけど、学力テストの目的が「大臣の意図」からゆがめられていますね。しかも、ゆがめられた主張を広くプロパガンダしている暗象が、中山議員を賛美するのはどうしたものか…。
結局、これまでのブログ記事は“戦略的”に書かれたものなんですね。( ´艸`)プププ

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より
  • 目くばりをするということは、実際にそこに目を遏(とど)めなければならぬ。目には呪力がある。防禦の念力をこめてみた壁は破られにくく、武器もまた損壊しにくい。人にはふしぎな力がある。古代の人はそれをよく知っていた。が、現代人はそれを忘れている。
    「楽毅」第1巻より
  • 知恵というものは、おのれの意のままにならぬ現状をはげしく認識して生ずるものなのである。
    「楽毅」第1巻より
  • 会う人がちがえば、ちがう自己があらわれるということであろうか。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 静寂に染まりきれば、ふたたび起つことはない。生きるということは、起つ、ということだ。自然の静謐に異をとなえることだ。さわがしさを放つことだ。自分のさわがしさを嫌悪するようになれば、人は死ぬ。
    「楽毅」第四巻より
  • 人というものは、自分のやっていることをたれもみていないと思い込んでいるが、じつはたれかがみており、やがて賛同してくれる人があらわれる。
    「春秋の名君」より
  • 寵を受けても驕らず、驕っても高い位を望まず、低い地位にいながら怨まず、怨んでもおのれを抑えることのできる人は少ない
    「沈黙の王」より
  • 小さな信義が、きちんとはたされてこそ、それがつもりつもって、大きな信義を成り立たせる。それゆえに、明君は、小さな信義をおろそかにせず、つねに信義をつむように、心がけるものである
    「歴史の活力」より
  • 奥の深いことと、表現がむずかしいこととは、むしろ逆の関係にある。むずかしい表現のほうが、ぞんがい簡単なことをいっている場合が多く、やさしい表現のほうが、奥の深いことをいえる。
    「歴史の活力」より
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    「侠骨記」より
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    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 外をもって仕えている者は信用するに足りぬ。つまり男でも女でも内なる容姿というものがあり、その容姿のすぐれている者こそ、依恃(いじ)にあたいする。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
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    「晏子」(第四巻)より
  • 倹より奢に入るは易く、奢より倹に入るは難し
    「中国古典の言行録」より
  • 礼儀という熟語がある。礼とは万物を成り立たせている根元に人がどうかかわるかという哲理のことで、儀とは礼をどう表現するかというレトリックをいう。その二つが組み合わさって礼儀ということばが生まれた。
    「春秋の色」より
  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より