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望ましいリーダーの特徴

 リーダーシップに関連する著作は非常にたくさんありますが、「望ましいリーダーの特徴」について複数回答による調査をした結果、次のような順(回答率が高い順)になった(長期間の調査で、上位の項目にはあまり変動がない)という事例が紹介されている本(中谷彪著「信頼と合意の教育的リーダーシップ」晃洋書房)がありました。
正直
前向き姿勢
有能であること
人を鼓舞すること
聡明(知的)
公正
寛容
応援してくれる
率直
信頼できる
協力的
決然とした
想像力に富んだ
大望がある
勇気がある
思いやりがある

(以下略)
 アメリカ合衆国を中心に、6大陸の国々での調査を集計したものだそうですが、国別の特徴別順位を比べてみると、興味深い点が見つかります。
 それは、「望ましいリーダーの特徴」として「正直」を選んだ人が、他国と比べて日本はダントツに低いということです。
 原典にあたってみないと、その分の回答がどこにまわったかわからないのですが(もしかしたら「思いやり」か?)、アジア諸国と共通して低いものもある一方で、日本は「正直」であることを「望ましいリーダーの特徴」として選ぶ人が少ないことは非常に目立ちます。
 逆に考えると、欧米諸国などは「正直でない」「嘘をつく」リーダーが多いこと、日本では基本的に「正直」であることは当たり前のこと、などのことからくる回答結果なのかもしれませんが。
 「有能であること」や「前向きな姿勢」はどの地域の国でも回答率が高い。
 また、「人を鼓舞する」ことは、アジア地域がアメリカやカナダ、オーストラリアより低い(日本はその中でも最低)。
 この後半の傾向については、私の場合は何となく納得してしまいます。
 これらの「特徴」(=「長所」)は、何も企業のリーダーに限らず、日本の学校経営者にも、そして教師自身にも止められるべき資質であるとも考えられます。
 「人を鼓舞する」「応援する」リーダーや教師は好ましいことは確かですが、問題はそれを行う「タイミング」と「」です。
 以前ご紹介した林壮一著「アメリカ下層教育現場」(光文社新書)では、著書が受けたアメリカのユース・メンターリング(「若者への助言・指導」)のプログラムでインストラクターが示した「状況に応じて使い分ける20種類の褒め方」というのが紹介されていました。
 こういう言葉がぽんぽん飛び出している教育現場って日本ではあまり想定できません。
 しかし、当然、こういう表現があることを学んで、本当に言われて相手がうれしく感じるとき、効果が大きいタイミングというのをねらって言えることは大事なことだと思います。
 英語の方がニュアンスが通じやすいと思いますが、訳語で紹介されているので半分くらいを抜粋します。
「素敵だね!」
「素晴らしい考えだ」
「いい仕事をしたね」
「キミがその仕事を出来るって、こちらは分かっているよ」
「トライし続ければ、必ずやり遂げられるさ」
「まさに、その通りだね!」
「キミがどうやって、それをやったのか僕にも見せてくれるかな?」
「それこそが、進む道だね」
「僕はキミを誇りに思うよ」
「完璧だ!」 
「立派だ!」 
 
 管理職試験や教員採用の面接で、特定の状況を説明した後、何と言ってどのように褒めるかを演じてもらうような選考内容があってもいいかもしれませんね。
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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    「歴史の活力」より
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    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 橘という木があります。この木が淮水の南に生ずれば、すなわち橘となります。ところが淮水の北に生ずれば、すなわち枳となります。葉は似ておりますが、実のあじわいはことなります。なにゆえにそうなるかと申しますと、水と土がちがうからです。そのように、その者は斉で生まれ育ったときは盗みをしなかったのに、楚にはいって盗みをしたのです。楚の水と土は、民に盗みをうまくさせようとするところがありませんか
    「晏子」(第四巻)より
  • 倹より奢に入るは易く、奢より倹に入るは難し
    「中国古典の言行録」より
  • 礼儀という熟語がある。礼とは万物を成り立たせている根元に人がどうかかわるかという哲理のことで、儀とは礼をどう表現するかというレトリックをいう。その二つが組み合わさって礼儀ということばが生まれた。
    「春秋の色」より
  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より