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北京オリンピック報道の見所?

 北京オリンピックの開催に際して、もちろんメダルの行方は気になりますが、なぜか私の強い関心はスポーツよりも中国の人々のマナーの方にあります。
 発行されたばかりの辻康吾(元毎日新聞北京支局長)著「中国人、中国人を笑う 中華人民笑話国」(小学館)を読んで余計に気になってしまいました。
 この本は、中国関係のジョーク集で、アメリカ人は~、イギリス人は~、ロシア人は~、韓国人は~、日本人は~・・・などと他文化の特徴と合わせて中国独自の問題を浮き彫りにしています。
 この中で、中国では「行列をつくる」「整列して待つ」という習慣がなかったので、自国のメンツをつぶさないように、オリンピックの開催が決まって以来、「礼儀を守ろう(=講文明)」をスローガンとして、「行列(=排隊)」を推奨してきたそうです。
 世界のマスコミがスポーツとともに、中国の生活文化などをどのように報道していくか、日本のマスコミはどうするか、何かをきっかけにしてまた反日運動がおこらないか、など、見所?がたくさんあるような気がします。
 社会科の教材になりそうな題材も抱負です・・・国際問題、人権問題、環境問題、衛生問題、・・・。
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教育」カテゴリの記事

コメント

いちろうさんへ。
コメントありがとうございます。
事実は何か。報道でしかうかがい知ることはできませんが、私の関心はそこのみにあります。


>誤解を招く可能性は避けられないと判断し、10回くらい?読んだ上で、公開しました。

「誤解」じゃないと思うよ。
何かを表す時には、
しなければいけないこと、
したほうがいいこと、
しないほうがいいこと、
してはいけないこと、があります。
上記記事は「しないほうがいい」部類では?
日々の記事との整合性もなければ、
受け手が「誤解」しないのは、
暗象のシンパである必要があるという、
相当高いハードルがありますよ。

いちろうさんへ。
よく考えたのですが、どのような書き方をしても、この本を買って読んで、紹介した時点で「中国人を笑って優越感を得たいのか」と誤解を招く可能性は避けられないと判断し、10回くらい?読んだ上で、公開しました。
以前に、「礼儀を守ろう」というのを生活の目標にさせている学校があるとすれば、その学校の日常がどんなものか想像がつく、という記事を書いたこともありました。
マナーの問題は、サッカーの試合で問題となった経緯があり、関心をもっていることは事実です。なお、観客のマナーの問題は別に中国人だけとは限りません。


中国人を見下していない?
この記事はいただけない!!
もっとも、
アフリカなどならセーブが利いて
違う表現をするだろうから、
同等レベルに置いてライバル視しているのか?

自身の記事、3回ほどゆっくり読み返したら?
差別の意識が読みとれると思うよ。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より