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社会科教師の逆コンピテンシー その10 登頂ルートが見つけられない教師

 第10~12回は、「④戦略」の分野になります。
 教育の分野では、「戦略」は「教育方法」に近い概念でしょうか(「教育原理」などもう少し広い面がカバーできる概念のような気もします)。
 この分野では、「生徒に指導のねらいや意図を理解させることができず、目標を自覚して学習させることができない」という教師の逆コンピテンシーが課題です。
 今回のテーマは、「戦略遂行力(④戦略のA実行力)」です。
 たとえば中学生の問題行動に対して指導を行うのに、導くべきゴールへのルートを想定せずに、叱責だけに終始してしまう指導がかつては多く見られたと思います。
 なぜ「かつては」かというと、今の子どもはすぐに逆ギレして、そういう指導は成立しなくなったからです。逆ギレするのは子どもだけではありません。
 「叱り方が気に入らない」という苦情も学校には多く寄せられます(相手が名乗らない場合は、管理職が対応して終わり。対象の教師に話をもっていかないケースも多い)。
 「その子によくなってほしい」という強い意思、熱い思いが「強い指導」で教師から生徒に伝わるという時代は終わりました。
 生活指導では「自己肯定感」「自己効力感」「成功体験による満足感」を味わわせることが重要であると言われますが、問題行動への指導でも、日常の授業における学習指導でも、その実現に向けての戦略的指導が欠かせません。
 改めて、1時間1時間の授業に、「導入」「展開」「まとめ」の次元を設定して、上記の3点セットを実感させてあげる50分にしてあげたいものです。
 生活指導にも、「導入」「展開」「まとめ」があり、それは1時間のお説教でも、1学期間の活動でも、3年間の活動でも、きちんと設定してあげるべきでしょう。
試験問題】 あなたの授業で、子どもに味わわせることができた最高の成功体験とそのときの教材について述べなさい。その体験によって、社会科という教科指導におけるどのような目標が達成されたか、説明しなさい。
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より