ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 学校と進学塾の違い | トップページ | 次の学習指導要領のねらい »

小学校時代の恩師に授かった財産

 授業の開始前に教科書やノートを準備し、短時間で前回の授業の復習をしておく。 
 小学校で身に付けたこのような習慣を、中学校・高等学校でも続けられたことが、たいした才能もない自分の学力の向上を支えていたことと常々思っています。
 小学校時代にこのような財産を授けてくださった先生は、まさに「恩師」です。
 私の授業参観をするとき、最初の方のチェック項目がこれです。
 学習習慣というのは、極論すると学習内容に勝る財産になりうるのです。
 「学び方」「学ぶ姿勢」を学んだことは、社会に出ても、教師になっても、行政の世界に入っても、さまざまな効果・成果を生み出してくれました。
 プリントを配布されたら、さっと目を通し、すぐに必要な情報なのか、生徒向けなのか家庭向けなのか、提出物なら期限はいつなのか、確認する。たったこれだけを習慣化させるだけでも、プリントの「忘れ物」「親への渡し忘れ」「鞄の中での冬眠」を避けることにつながります。
 このような「恩師」に授けられた財産を教師はどのように伝えていっているのでしょうか。
にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

にほんブログ村 教育ブログへ

« 学校と進学塾の違い | トップページ | 次の学習指導要領のねらい »

教育」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小学校時代の恩師に授かった財産:

« 学校と進学塾の違い | トップページ | 次の学習指導要領のねらい »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より