ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 「ゆとり教育」完全実施世代の初受験 | トップページ | ロールモデルシートの活用を »

2020年からの教育

 10年経験者研修を担当した方が、教師の力量の違いがここまで大きいとは・・・と実感した経験をある雑誌で記事にしていました。
 「あなたの学校の長所は何か」「あなたが校長になったら、どのような学校経営がしたいか」という質問に、教師はどう答えられるのか。レポートの中身の話はここでは述べません。普通の教師には、なぜ成果主義が学校に求められているのか、その背景をまともに説明する能力を期待するのは難しいのかもしれませんが、10年たっても初任者当時のレベルでしか学校を語れないのは悲しいことです。
 ですから、教師の職責・職能に応じた新しい職層を導入し、複線型のキャリアアップの必要性が将来的に高まる可能性が高いと考えられます。
 団塊世代と新人世代が総入れ替えになる2020年頃からの学校制度のあり方を考えています。
にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

にほんブログ村 教育ブログへ

« 「ゆとり教育」完全実施世代の初受験 | トップページ | ロールモデルシートの活用を »

教育」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2020年からの教育:

« 「ゆとり教育」完全実施世代の初受験 | トップページ | ロールモデルシートの活用を »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より