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「ゆとり教育」完全実施世代の初受験

 3日に入学試験があった受験生は雪でたいへんでしたね。
 今年の大学入試、中学入試というのは、平成14年度に現行の学習指導要領が完全実施されたときの中学校1年生、小学校1年生が受験するものです。
 つまり完全「ゆとり教育」・・・いえ、「生きる力教育」世代のお受験です。
 もしいわゆる「学力低下」が本物ならば、受験問題のレベルと得点で証明されるかもしれません。
 公立の中高一貫校は、学力検査ができないために「問題解決型」の適性検査を実施していますが、この結果を分析すれば、「生きる力教育」が軌道に乗っているかどうかわかります。
 ・・・ただ、もし「格差が拡大」しているだけで、上位層のレベルが維持されているとしたら、受験の結果だけではわかりません。塾が学力をキープさせる機能を果たしているかもしれないからです。
 学校・塾の反応はいかがでしょう?
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より