「書く」ことの効用
自己啓発関係の本で、文章を読むだけでなく、自分の目標などを本やノートに書き込むことを著者が求めているものがいくつかあります。ビジネスマンを対象にしたものですが、弘中勝著『会社の絞め殺し学~ダメな組織を救う本~』(祥伝社黄金文庫)もその一つです。動機は一般の企業や教育産業だけでなく、公教育にも求められるべき「組織改革」のエッセンスがつまっていたことにありました。(・・・しかし、「会社の絞め殺し学」のGoegle検索でこのブログがひっかかってくるとは思いませんでした。・・・)
1ヶ月に10冊とか30冊とか冊数をノルマにして読書している人がいるかもしれませんが、何か問題を解決したいと思って読書する場合は、「読書ノート」への記録を1月1冊のように決めて、何が目標で何をすべきで実際に何をして、何が改善すべき点なのか、しっかり「書く」ことが大事だというのは経験をもって理解することができています。ただ、なかなか実践し続けられない。佐藤優は監獄が最高の読書とその記録のできる空間だったことを著書で述べていますが、そんな場は普通の人は持てません。
塾でいうと、考えることより、ほとんど書く量を重視しているのが公文式でしょうか。進学塾でもテキストを事前に解いておき、塾では問題演習をする形式が最も実力がつくやり方です。「どれくらいの時間、考えて書いているか。」これが結果を大きく左右する評価基準になってきそうです。しかし、親という障害を除けば娯楽の誘惑がたくさんつまっている家庭では、なかなか学習時間が確保できず、「家では勉強しないから」という理由だけで塾通いさせられる子どももたくさんいると思われます。通信添削だけで実力が伸ばせる子どもは、うらやましい。
同じことが大人にも言えるかもしれません。優れた本に出会って自己改善の習慣がつけばそれでよいのに、続かないからまた新しい本にたよっていく。よい本に出会って、自分なりの学習空間をつくっていきたいものです。
なぜ「書く」ことの大切さを思いついたかというと、漢字を覚えるコツというのを雑誌で読んだからで、当たり前のことですが、「何度も書いて覚えるのが基本」「覚えた漢字を使って文章を書く」などがポイントだということです。
自分の年間の職務目標を毎週の予定表に書いたりしたことがありましたが、それだけでもそれなりに効果があったものです。
学年主任をしていたときは、毎週の学年会の資料に、いつも「学年目標」をその最初に示しておきました。教員が意識していれば、それが生徒に伝わり、だれもが共有している目標になるものです。
「書く」ことの効用を子どもに実感をもたせ、習慣になるまで指導を続けていきたいと思います。
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