習慣に支配される3年目クライシス
久しぶりに仕事以外の目的でパソコンを立ち上げることができました。
秋は行事ラッシュです。
ここ2週間ほどで、人事異動で必要な条件を再認識させられました。
管理職の1校当たりの在任期間は、3年程度が平均的かと思われます。
この妥当性を、教諭の立場の自分でも、3年目クライシスを強く実感することで納得できました。
管理職の在任期間が短いことに批判的な教師も多いと思いますが、その批判の理由をきちんと整理しないと、本来の異動の目的が理解されないままになってしまいます。
自分の強く実感できたことは、「学校の欠陥には3年で慣れてしまう」ということです。
教師の指導力の逆コンピテンシーというのは、たいてい一点集中型よりも、複合的に力がないのが普通で、そのために学校運営には修復困難な課題が山積することになります。
このことに、異動したての(特に学校運営を立て直した後の)学校では1、2年で容易に気づき、そのときが改善可能な重要局面なのですが、普通の教師の場合は「異動してきたばかりなのに何がわかる」と発言力を封殺されてしまうのが学校の慣例で、3年目くらいでやっと物が言えるようになる。しかし、3年目になると、いままですごく大きな問題に見えていたことが当たり前のように思えてきて、改善不能のまま、その学校での教師の一生が終わる。
人間は習慣に支配される動物であるというのは、だれが言ったというわけでもなく、だれもがその通りだと思う法則のようなものでしょう。
指導力のない教師でも、3年も見てきてしまうとそれが何でもないことに思えてしまう。
ですから管理職の力が発揮できるのは、早ければ異動1年目、遅くとも2年目が勝負になります。校長と副校長の着任年をずらすのは当たり前のことで、とぎれなく改善できるサイクルを保障することが行政のつとめになります。
現在の異動の有様をみると、指導力のない教師が長くて3年でいなくなる。指導力のある教師は、頼りにされてしまって、在任期間が長くなる。これは致し方ないことかもしれませんので、やはり学校運営の改善の起点は管理職でなければなりません。
それにしても、3年目で欠陥に慣れてしまった自分が情けない。
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